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仕事納め お名前: Масяさん [2003/12/26] No.801
1週間休んで仕事納めに出てきてまた1週間休みィ...優雅な奴がいるもんでェ...ワシか!?(トリック、石原刑事調で)

モスクワ。カメラ事情:
パノラマってГоризонтですよねぇ。202ならばКинолюбительにもありますし、直営店なら205PC(ブローニー用)もありました。203は見なかったなぁ...
直営店のはずなのにエアピストルも売っていた...直営店じゃなかったのかなぁ...看板はЗЕНИТだけだし、光学製品はЗЕНИТブランドしかなかったし...でもkmはなかった...
ここでЮпиер21Мが1900ルーブル、Кинолюбительで1980ルーブル、結局サーシャの店で1400ルーブルで買いました。中古(98年製)ですが。

アダプターリング:
212Кで問題なく付きました。ペンタックス製は板バネで固定するのにКМЗ製はレンズ同様ボタンで固定する。КМЗ製の方が考え方がいいような...まだこれをペンタのボディには試していません。
直営店で110ルーブル、Кинолюбительで99ルーブル(1割引だぁ)でした。

ミノックス:
スパイカメラとして有名ですが、「ドイツカメラの本」によるとツァッブというドイツ人が興したようです。
先日、「スパイ・ゾルゲ」のDVDを借りて見てましたがライカを使っていました。マタ・ハリがミノックスを使っていたとか。

今日は腰が痛いにも関わらず、丸の内に行って「東京ミレナリオ」を撮ろうと思っています。312mに早速Индустар50-2を付けてきました。Юпитер9も持っていますが。
仕事納めで混むだろうなぁ...


明日から休暇です お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/26] No.800
ノヴォシビルスク:
>でも4ヶ月で何が生産できたのかなぁ...
4ヶ月でも、一生懸命生産活動をしたに違いありません。1週間休んで仕事納めの人も、一生懸命働いているに違いありません。また、1週間休み?

直営店:
 直営店は普通に商品が買えるのですか。中村陸雄氏の本には、パノラマカメラを買うのが大変だったようなことが書いてあったけど。
 K-M42マウントアダプターは問題なく使えましたか。(まだためしてない?)

レニングラード:
>下は1300ルーブル(約5200円)、上は2000ルーブル(約8000円)でした 
 安い。もし壊れていないのなら、絶対安い。安すぎ。
>LC-Aが1500ルーブル(約6000円)
 変じゃないです。日本だって、LC-Aは2万円するので、そんなもんだと言うことで。(本当は、日本で6000円でも高い気がするけど。)


ミノックス:
 この会社、知らないのですが、ミノックスのカメラって、そもそも誰が作ったのでしょう。ドイツで迫害を受けたツアイスのユダヤ人技術者がラトビアに逃れてきて、、って話も有るけれど、隣のリトアニア(カウナス)のユダヤ人ホロコーストは有名だし。ミノックスがドイツにあるのは、戦争末期にナチスと一緒にドイツに渡ったのでしょうか。
 どなた様か、教えてください。


やっぱり忙しい... お名前: Масяさん [2003/12/26] No.799
Привет
1週間休んで仕事納め...色々と忙しいです(その割には...)。

レリーフ:
あ〜!これしか写ってないです。展示物にも勲章等ってなかったです。何十周年の記念レリーフやメダルとかはありました。

旗:
何でしょうねぇ。共産主義下で労働意欲を喚起するための旗のような気がします。サイズを縮小したのでノーマルサイズで読んでみます。
何本も立てかけてある内、最も私に近かったものを広げてみたんです。

ノヴォシビルスク:
でも4ヶ月で何が生産できたのかなぁ...

412:
DXコードの感度の幅を広げたLSという機種も売られていました。価格は忘れましたがDXより安かったです。1/1000秒が搭載されたMSが出ていれば欲しかったです(KMじゃいかんのかい!?)。
412DXや312mや620といったコンパクトカメラは空港の免税品店で買えます。ちょっと市内より高めですが、トランジットでシェレメチェヴォ第二空港に寄られた際にご覧ください。тАТуも買物をしたMoscow Duty Freeにありました。

ロシア語の読み方について:
キリル文字であれば分かるかもしれませんが、カタカナでは何とも言えないですぅ。

ツァイス→КМЗ:
今のところ分かりません。革命のドサクサでソヴィエトに取り込まれてしまったか?これなら1917年以降?第一次大戦で接収(1914年以降)?
やっぱり例の本を読まなくては...Юпитер8やИндустар22が登場するあたりを読んでみても戦争に関わる話も見あたらないんです...
佐貫亦男氏の「ドイツカメラの本」によるとバルト三国はドイツ人が多かったとか...何かの機会でミノックスがドイツに帰った...ん〜、理由はわからないですぅ。

博物館へは:
紹介状は必要ありません。КМЗのマーケティングへメールを送信するか館の方へ電話して予約する必要があります。交通がちょっと不便かもしれません。
直営店でディオプターレンズとK-M42マウントアダプターを買いましたが、いつも行くКинолюбительにもありました。しかもこっちの方が安い...
あっ展示室内に軍や各国からの贈り物が展示されています。日本からの贈り物がありませんので日本的な物を送ると喜ばれるかも。展示してくれるかどうかは...

中古情報:
今回、3台のЛениградを見ました。下は1300ルーブル(約5200円)、上は2000ルーブル(約8000円)でした。ЛОМО製品が好きじゃないけど買うべきだったかなぁ...
LC-Aが1500ルーブル(約6000円)...何か変になりそう...

Пока


絞りの数字/SPORT お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/26] No.798
 King-2のページでMC ZENITAR 16mm/f2.8を見ると、Nマウントだけ絞り環が2重数字になっています。
 と言うことで、ソ連製Nマウントレンズで、絞り環が2重数字になっているのは、ニコンSLRとの互換を考えたためです。(ソ連では、Nマウントって、絞り環が2重数字になっているものと思っているのではないかしら。)

 ところで、King-2では、SPORTを70000円で売っています。どなたか購入しませんか。


絞り読みとり お名前: けろけろさん [2003/12/26] No.797
ニコンは、機種のいくつかは、この小さい方の数字を光学的に読みとりファインダー内に表示します。現行機ではF5とかFM3Aがそうだと思います。ペンタックスLXもそうではなかったでしょうか?


Re:絞りの数字 お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/26] No.796
けろけろさま。
 KievのSLRで、絞り環の2重数字に意味のあるモデルはないと思います。だって、NマウントはKiev17,19,20,19Mしかないですもの。(使い方によっては2重数字が便利って言う人もいるかどうかは分りません。)ただし、2重数字が不便なモデルも有りません。だから、単にデザイン上の問題とも、別な理由とも推定する根拠にはならないと思います。
 でも、そんなこと言うより、ニコン製Nマウントレンズって、絞り環の2重数字が標準だと思いますが、そんなことないですか。

ところで、Mir-20Nは、距離リング回転方向が、他のNマウントレンズと同じです。絞り環も2重数字です。
 http://cccpcamera.myhome.cx/RussianCamera/Lens/Mir20N/Mir20N.htm

telefunken さん 、Mir-20Mも同じなのでしょうか。


絞りの数字 お名前: けろけろさん [2003/12/26] No.795
金井さま

2重の数字が意味のある(つまりファインダー内にそれが表示されるなど)モデルがソ連カメラにあったのでしょうか?

わたくしが知る限りはなかったように思うのですけど。一モデルでも存在するなら、説得力はうすまりますが、モデルがないなら、他の国からのOEMを考えるのが素直かと。


Re:OEM お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/26] No.794
N0.793けろけろさまの疑問に反論。(疑問に反論しても仕方ないけど。)

 GRANIT-11Nを見た感じは、他のNマウントレンズに似ています。
MC Kalenar-5N 2.8/100のマニュアルにあった、交換レンズの絵を見てください。
http://cccpcamera.myhome.cx/RussianCamera/SLR/Kiev19/Kiev19.html
あるいは http://cccpcamera.myhome.cx/RussianCamera/Lens/TELEARN200/TelearN.htm
 似てるでしょう。また、絞り環の二重数字はどれも共通しています。

 ま、レンズなんて、どれも丸くって黒くって、似ちゃうんじゃないでしょうか。

>安価に出回っているということは、大量に生産されたことを物語っているが
 大量に生産されたか、よく知らないけれど、安価なのは、単に人気がないから?(1万円ぐらいかなー)

ズームのメカニズム:
 ズームのメカニズムは、古くは以下のようになっていたと思います。
 レンズは前後の系に分かれる。前の系でピントを合わせて(虚)像を作り、その像を、後系で拡大する。後系がズームです。前の系で作る像の位置は同じ場所になるようにします。前後系で諸収差を独立に補正します。
 その後、光学設計技術の発展に伴い、前後系で分けずに、協調して収差を消すようになりました。こうなると、それぞれのレンズは複雑な動きをします。
 GRANIT-11Nを外から見た感じでは、古い設計のような感じもします。もしそうなら、設計・生産技術の蓄積は、それほど必要なかったのではないかと想像しています。

私は、GRANIT-11Nがソ連以外で作られたとも、ソ連で作られたとも、どちらともいえません。しかし、けろけろさんが上げられた4つの理由は、ソ連独自の開発に疑問をもつほどのものだとは思えません。ま、他のレンズを参考にはしたでしょうけれど。

>現機のマウント基部あたりに原産地刻印などないでしょうか?
 見た感じなかったのですが、もう一度見てみます。


OEM お名前: けろけろさん [2003/12/26] No.793
telefunken さま

Vario-Sonner の件、ありがとうございました。わたくしも、製品写真からだけですが、おそらく独自の開発だろうと理解しました。

ただ、今問題なのは、「ソ連製」の80−200の方です。こちらは、ソ連独自の開発とは思えません。

理由としては、

@外観が他のソ連製とかなり違う。むしろ外観はニコンの2ndブランドだったトキナーに似ている(ただ、トキナーの過去モデルをよく知らないのではっきりとは判らない)。

A絞り環に二重に数字が書いてあるが、この小さい数字は、ペンタコンSLRなどファインダー内に絞り数字を光学的に表示をするためのものであり、ソ連製のカメラには必要がないものである。

Bコンピュータによる光学計算が容易になったとしても、ズームは鏡筒設計もその重要性がかなりの部分をしめており、設計・生産技術の蓄積がなければならないが、ソ連の場合その痕跡が認められない(ムービーカメラ用のはあったとしてもです)、

CCZJ銘のものと違って、安価に出回っているということは、大量に生産されたことを物語っているが、このズームレンズだけがソ連で大量に生産されたのは不自然であること、

などです。

同様に、金井さまが画像を示された、アルサットも、ローレットを含め全体の形状は、CJZ製のプラクチカールとそっくりで、OEMとみています。絞りの小さな数字があるところも同様です。ソ連製のカメラでは必要なかったでしょう。

CZJの80−200ズームが高価だったとしたら、やはりこちらは、日本製とみるのが自然です。

金井さま

いまいちど現機のマウント基部あたりに原産地刻印などないでしょうか?ご確認いただければと思います。


variosonnar お名前: telefunkenさん [2003/12/26] No.792
けろけろさま
あるドイツの専門家によると、CZJのVariosonnarのどちらかの設計者は、Menzelとい人ではないかということでした。


variozonnar お名前: telefunkenさん [2003/12/25] No.791
けろけろさま
772でvariosonnarの発表年度を書いておきましたが、宛名を書くのを忘れましたので、念のため。


Zenit412 お名前: telefunkenさん [2003/12/25] No.790
けろけろさま
いろいろ教えていただいてありがとうございました。ホームページはまったく知りませんでした。早速みせていただきました。お説のように、なかなか親切な対応で感激しました。あらため、ほんとうに感謝します。メリー・クリスマス。


お名前: けろけろさん [2003/12/25] No.789
金井さま
みなさま

クリスマスおめでとうございます。クリスマスも正月も、来年もこのBBSが一層充実することを願っております。


Масяさま

お帰りなさい!

いろいろと興味深い情報に感動しております。リガのツアイスは、第二次世界大戦後のイエナのツアイスと同様の運命をたどったということなのでしょうか?リガのミノックスがどうやってドイツに逃れた(?)のかもずっと前から謎でした。
Kマウント、むしろ、もっとつっこんで訊いていただければ・・・。わたくしも博物館に行ってみたくなりました。紹介状とかないとダメなのでしょうか?


telefunken さま

ご存じとは思いますが、412のマニュアルは、http://www.zenit.istra.ru/mans/zenit-412dx/zenit-412dx.html
にあります(こういったユーザーフレンドリイな対応は敬意に値します)。

DXシステムは5.1の後半あたりです。フィルム感度に応じて、フィルム室の電気接点によってASA100,200,400にセットされますが、それ以外のフィルムは100にセットされます。ファインダー表示は、ダイオードの露光表示だけです。ですから壊れてはいないのだろうと存じます。

hirob_p さま

どうか、無理をして体をこわされませんように。お正月にはのんびりされることを祈っています。


クリスマス お名前: telefunkenさん [2003/12/25] No.788
クリスマスつながりでの質問。
指揮者のゲンナジ・ラジェストヴェンスキの先祖は、日露戦争のバルチック艦隊の司令長官のラジェストヴェンスキ中将とつながりがあるのだそうですが、どういうつながりか、ご存知の方はお教えください。
ロシヤ語の読み方についての質問
クニャチ・ムイシュキンなどのクニャチの最後の音は、チと聞こえるのですが、Zに硬音符号がついているので、チに近い音になるのでしょうか。


zenit 412 お名前: telefunkenさん [2003/12/25] No.787
金井さま
ありがとうございました。電池を入れてもファインダー内部には何も見えないし、何かがどうなるわけでもないので、内部で何かが起こるのかと思ってお尋ねしました。壊れてるのかもしれませんね。


きになる お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/25] No.786
 Масяさま。写真の投稿ありがとうございます。KMZの写真で、右上の博物館入り口に、労働赤旗勲章のレリーフがありますが、その左はレーニン勲章でしょうか。もうちょっと左は写ってませんか。
 下中央の旗は何の旗?

>日本でのロシアカメラの言われ方について言うのはやめました。
 そうですよね。そりゃそうですよね。

KMZの歴史は、1905リガ、1915ペテルブルグ、1918ポドルスク、1926クラスノゴルスク、1941ノヴォシビルスク…でしょうか。
ノヴォシビルスクでは、1941年に生産が始まっていたのだろうから、それで、設立が1941年という説があるのか。

ちょっと、違う話 zenit 412 :
 すみません、zenit 412 は、持っていません。
でも、DXって、適正露出表示のインジケーターだけに使っているのではないかと思うのですが。また、他のカメラの類推では、裏ブタを開けるのは、巻き戻しレバーの軸をひっぱるのだとおもいます。


zenit 412 お名前: telefunkenさん [2003/12/25] No.785
金井さま
このカメラに電池を入れると、DXシステムが働くらしいですが、どういう仕掛けなのでしょうか。シャッタースピードにはAutoはないから、絞りのピンを押すレバーがどうかなるのですか?裏ブタを開けるのは、巻き戻しレバーの軸をひっぱるのですか? 新品で買ったのですが、説明書をなくしてしまったので、どうかお教えください。


写真話、もういっちょ! お名前: Масяさん [2003/12/25] No.784
以前聞いていたのかも知れませんが、ワレリーの隣人が写真好き。
しかし、今年ロシアの新聞イズヴェスチャ誌のコンテストで金賞を受賞したそうです。
写真は彼女の作品集を見せてもらっているところです。どの作品で受賞したかは聞いてません(そう言ったのはワレリーなんです)が。
使用している機材はニコンF60+70-300mmズームがメインでКиев88も使っているようです。
日本に写真を撮りに来たいと言ってました。私も招待したいです。
画 像 : img20031225144000.jpg-(69 KB)


而逸快挙贈写真怪挙為、言之暴挙 お名前: Масяさん [2003/12/25] No.783
今回の博物館見学に協力してくれたのは、アルカディというワレリーの友達です。今日本に来ているヴィクトルの学友でもありました(世間が狭い!)。アルカディって日本贔屓なのか日本語で挨拶してきました。
最近の私の得意技はうっちゃり...じゃなくてハンザの友禅アルバムに自分が撮った写真をいれて贈ります。今回もアルカディに贈るつもりで持っていったのですが...おばちゃんに上げた方がいいよっということで贈りました。
全てロシアカメラとレンズで撮影したと言ったら大喜びで、アルバムにその旨を日本語、英語、ロシア語で書きました。ロシア語で書いたということでも大喜びで、お返しにと"С.А.ズヴェレフ名称クラスノゴルスク工場 博物館からМасяへと"署名入りの会社案内を頂きました。
写真は署名をしているリュドミラおばちゃんです。この時、私の頭の中で国家が鳴り響いていました。

実はこの会社案内に、1926年に1905年リガに設立されたCarl ZeissとHerzがモスクワ近郊のバンキ村(今のクラスノゴルスク)に移され、後に第69レーニン光学工場になったと書かれていました。更に1941年10月に空襲から逃れるためにノヴォシビルスクに疎開し第393国営工場になったと書かれています。
その間、1915年にペテルブルグに移され国営の光学工場となり、1918年にモスクワ近郊のポドルスクという町に移されたそうです。

アルカディから「МАСТЕРА ОПТИКИ(光学のマスター達:マスターって上手く訳せない...)」というКМЗ40周年くらいに刊行された本を貰いました。飛行機の中などで辞書なしで眺めていたので詳細はまだわかりません(早よぅ読まんか!って?)が早いうちにハリコフの名が出てきます。コメータについてもホンの少し書かれています。
結構面白そうな本です。

私はこの博物館を訪れた二番目の日本人でした。一番はオカモトさんという留学生の方で、そういえばかつて「ろしあんピロシキ」に書かれていたような...

(日本人初の)快挙を逃すも 写真を贈り怪挙と為す、これを暴挙と言う...

光学機器メーカに素人が自分が撮った写真を贈るなんて...КМЗ博物館に(汚)名を残して来ました!
伝えたいこと、知りたいことなど全ていうことは出来ませんでしたが、この博物館に訪れて良かったと思っています。お土産にКМЗ60周年のバッチも貰いました。
画 像 : img20031225143733.jpg-(88 KB)


КМЗ博物館にて お名前: Масяさん [2003/12/25] No.782
Привет
クリスマスの朝、腰が痛む(多分ギックリ)ので白衣のサンタさんから痛み止めの注射をプレゼントされました。(治療費タダでしたのでホントにプレゼントです。)
会社休んで自宅から書いています。

さて、ちょっとКМЗの博物館に行った時の写真を並べてみました。
上段の左は工場の正門です。車の中から撮りました。博物館はこの先になります。中央は博物館のあるホールのような建物です。私たちが見学し終えた頃、沢山の人々がやってきました。右は博物館の入り口です。
館内部は一部屋で展示ケースで仕切り、二部屋にしています。最初は現代の製品の紹介のようなもので、戦車やヘリコプターにどのような機器が使われているか、現行カメラの内部などを展示していました。
中段左は言わずと知れた212Kですね。実は展示ケースから取り出して触らせてくれるのですが断ってしまいました...シャッターユニットについて調べることが出来たのにぃ...後になって気がつきました。

二番目の部屋は歴史になります。日露戦争から始まっていて、ロシアはこの時すでに双眼鏡を持っていた(日本にはなかったと言ってましたが)と。
中はЗоркий-10で、中を案内してくれたリュドミラおばちゃんに日本にリコーという、これと似たようなのがあるよっと言ったら、やはり他からも言われていてのでしょうね、"これは1965年に金メダルを受賞したカメラで、日本の方が真似したんだ"っと返されました。
Kマウントを採用した一眼でもペンタックスKマウントと言ったら、何を言っていたか分かりませんが捲し立てられました。それ以後、日本でのロシアカメラの言われ方について言うのはやめました。
右は月面探索車(?)に搭載されたE1Nというカメラで月から地球を撮影しました。人工衛星から撮影された米空母キティホークの写真などもありました。航空/宇宙系のカメラはこれしか展示してありませんでした。

下段左は、1958年例のグランプリを受賞した電子顕微鏡ЭМ-5の模型です。っでグランプリを受賞したレンズはМир-1、Гелиос-44、Таир-11、Юпитер-6、Таир-3であったことが分かりました。Таир-3だけ展示してありました。
M39マウントЗенит一眼が展示されていたのですが、コレ欲しいんだよなぁと言ったら「博物館に1台しかないからダメ!」って複数あったらくれたんか!?(ホントは倉庫にもぐりこめたらっと考えていました。)
中央は...事務室の前で写真を撮ってやると言われてどうせならと旗を広げてみました。写真撮られるのって好きじゃないんだけどなぁ...
右はワレリーですが、工場の近くにあるホッケースタジアムで、その名もЗоркийです。直営店に行く途中に見つけました。

コメータについても聞いてみましたが、おばちゃん達にはよく分からないようで、サンクト・ペテルブルグにあると言っていました。ЛОМОが持っているのか科学アカデミーが持っているかは分かりませんでした。

企業の博物館としては、ちょっと情けないかな?という感じ(私、博物館学も修めているんです)でした。まぁWEBMASTERも大したことないよって言っていましたが。

Пока
画 像 : img20031225143540.jpg-(111 KB)


こんにちは お名前: hirob_pさん [2003/12/25] No.781
Масяさん
お帰りなさい。写真のコメントから名残惜しさが滲み出ていますねぇ…。汚いクリーム色の車ズーム後でしたら見えたかも!?写真拝見すると実は大学の方が綺麗なような気が…!?

けろけろさん
先日のL39→M39の内容考える暇が無くすみません。26日まではそれなりに激務中で昨日まで2日間徹夜で今朝は寝れて今晩は寝れるか?という感じで…かなり惚けています。すみません。。。お正月にゆっくり考えます。お正月用にカメラも買ってありますし、楽しみ!


クリスマス・ツリー お名前: Масяさん [2003/12/24] No.780
数(十)時間前まで、あの近くにいたんですよねぇ...
夜になるとこのように光ります。それとこのツリーの脇からウェブカメラのあるモスクワ国立大学の夜の様子を添付します。
では、Happy Christmas !

画 像 : img20031224213507.jpg-(34 KB)


stepper/大相撲 お名前: telefunkenさん [2003/12/24] No.779
金井さま
そうですか。キャノンのほうがいいんですか。知りませんでした。そういえばカメラやレンズだって、いまではキャノンのほうがちょいといいみたいですしね。だいいち報道関係以外のプロには、キャノンを使ってる人が圧倒的に多いですし。
グルジアの黒海はファンです。露鵬のことは知りませんでした。気をつけてみるようにしたいと思います。


お帰りなさいお名前: 管理人(金井)さん [2003/12/24] No.778
Масяさま、お帰りなさい。帰国早々投稿いただきありがとうございます。モスクワ・KMZのお話もよろしくお願いします。


大相撲初場所:
 本日発表になった大相撲初場所番付を見ると、
   黒海(グルジア):前頭西十枚目
   露鵬(ロシア) :十両西九枚目
 と、大きく出世しています。黒海は、旧ソ連圏初の入幕。露鵬はロシア人初関取です。すばらしい。


キエフ4a故障?の続き:
 北星 さま、一まず使えるようになってよかったですね。
>24枚のうちコマ間が重なってない写真は16枚でした。
 コマが重なっていたのが8枚あったってことですよね。プリントに耐えられないほどの重なりですか。それとも、プリントすると切られる程度の少しだけの重なりですか。少しだけ重なっているのであれば、まあ、そんなものです。

>「kiev-4使用説明」のスプールの巻き方(Fig6,Fig7)は単純な間違いなのでは?。
 そんな気もします。変な改造を受けているのかもしれません。いずれにしても、多くのKievは表巻きなので、そのうち修正します。


ステッパー:
>70年代はステッパーでツァイスが世界の市場シエアの90%以上を持っていました
 そうなんですか。知りませんでした。半導体製造に関係したのが1980年代なので、1970年代のことは知りませんでした。
 ステッパー用のレンズは、カメラレンズ以上に、たくさんレンズを使います。色消しは必要ない。F値はものすごく明るい。幾何収差をとことん削減する。それで、コンピュータを使ったレンズ設計がものを言います。最近、ニコンはステッパーレンズ設計を完全自動化するソフトウエアーを開発したかもしれません。
 でも、ステッパー用レンズの開発、製造技術は、今はキヤノンが一番上ではないかなー。まだまだ、中国や韓国などより勝っていると思います。  って、ロシアカメラとは何の関係もない話になってしまった。


Webカメラ:http://webcam.mnc.ru/cam.htm
 今朝、Webカメラを見たら、でっかいツリーが電飾されていました。いまは、昼間。今夜はクリスマスイブ。


お帰りなさい お名前: telefunkenさん [2003/12/24] No.777
Masyaさま
ぶじにお帰りになって、おめでとうございます。
いろいろのおみやげ話を、楽しみにしております。
どうかごゆっくりご休養ください。


ステッパー お名前: telefunkenさん [2003/12/24] No.776
金井さま
1967年にツァイスが出したのが最初のステッパー用Sプラナーで、70年代はステッパーでツァイスが世界の市場シエアの90%以上を持っていました。80年代になると価格の安いニコンなどに侵食されて、猛烈にシエアが落ちています。あるドイツ人はカメラや医療機器の次はステッパーで日本に食われると言っていました。ツァイス・イコンからのクレームでニコンがニッコールと名前を変えさせられていた時代が夢のようだそうです。でも光学機器ではフランスのマネをしたイギリスがドイツにマネをされて、ドイツが日本にマネをされて、今度は日本がロシヤや中国や韓国などにマネをされてるわけですから、順送りですよね。Hic transit gloria mundi かくこの世の栄華は移りゆく、ということでしょう。


ええ、帰ってきました。 お名前: Масяさん [2003/12/24] No.775
Привет
今、自宅に到着しました。
メールを受信している最中です。未読が79通で15.5MB!最近変なメールが多くて参ってます。
モスクワ(っと言うよりクラスノゴルス)の詳細は後で。

取り急ぎ、帰国のご報告までに。
Пока


キエフ4a故障?の続き お名前: 北星さん [2003/12/24] No.774
キエフ4a type1の試写2回目結果報告。
管理人の金井さま、けろけろさま、hirob_pさま、ご教授ありがとうございます。
今回はフィルム装填と巻き上げを慎重に行ってみました。
私のスプールは中央に差し込み口があるので、1回目はフィルム先端をハサミで成形して差し込みましたが、今回はセロテープでフィルムとスプールが平行になるよう気をつけて張りつけました(どの程度違うのかわかりませんが)。
巻き上げは巻き戻しダイヤルでフィルムの緩みを取ってからゆっくりと祈りながら(スプロケットから外れないように)巻き上げました。
そのせいか無事24枚最後まで撮影し終わる事が出来ました。
今度はボディとマウントの隙間の埃が気になったので少しだけ分解して清掃しようとしたらフォーカッシングギアが動かなくなり重い気分で本格的な分解に突入して行きました。
インターネット情報のおかげでなんとか無事治りましたが、ワッシャ一つ間違えて入れたせいで巻き戻しダイヤルが動かなくなったのは新鮮な教訓となりました。
でも心配なのでもう一度試写しなくては。やれやれ。
さて、本日試写2回目のプリントが仕上がりました。写りは普通でした。24枚のうちコマ間が重なってない写真は16枚でした。
実用化にメドがついて良かったです。

ps.ここの「kiev-4使用説明」のスプールの巻き方(Fig6,Fig7)は単純な間違いなのでは?。


いろいろ お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/23] No.773
TinTinDOさま、始めまして、管理人の金井です。

 「綺麗ごと」とおっしゃる意味がよくわからないのですが、特許関連ならば、私は以下のように思っています。
 まず、軍事物資など西側に輸出する可能性の無い物ならば、西側の特許を気にする必要はないと思います。
 「ソ連は西側の特許など平気で無視していた」「ソ連は西側の特許に抵触する事はしていなかった」私は、どちらも間違いだと思います。西側に輸出して、外貨を稼ごうとしたものや、技術協力が必要だったものは、西側の特許に抵触する事はしなかった、と言う事だと思います。(これは、単純化しすぎですね。さらに、軍事秘密技術を他国に特許申請する事も無いだろうから、最先端軍事技術と特許はあまり関係ないかな。)

>光学機器は軍事、宇宙産業、医療分野との関わりを無視するわけには
 それはそうなのですが、カメラは手元にあるのですが、戦車とかロケットは手元に無いです。
 KMZ博物館に、航空カメラはあったのだろうか。
 もっとも、1970年代以降のカメラが軍事・宇宙と係わり合いが大きかったとも思えませんが。

 ところで、レンズの設計計算は、三角関数のオンパレードです。1975年ごろから、関数電卓が普及しだして、この頃を境に、対数表が姿を消してゆきます。(対数表って見た事ありますか。)

Kiev-10/15
 このカメラを作り続けることなく、Nマウントに移行したのはなぜでしょう。私は、輸出をして、外貨を稼ぐタメには、Nマウントが良かったからだと思っています。

 Kiev-10/15は、力の無い私には、重すぎで、めったに使う事はありません。このカメラの交換レンズは結構豊富で、入手もしやすいと思います。TinTinDOさまは、Kiev-10/15をお使いですか。

けろけろさんは書きました。
>写真機用ズームをソ連が自力で開発・生産していたとすれば、これは相当な技術力ということになるでしょう。
 でもね、GRAINT-11は1985年です。この時期になると、コンピュータを使ったレンズ設計も盛んになるので、大した技術力が無くても(と言ったら失礼ですね)、コンピュータを使った膨大な計算でレンズ設計ができたと思います。
 このころ、半導体製造装置(ステッパー)用のレンズ設計は、ニコンの独壇場だったなー。
 なお、GRAINT-11は安価で入手できます。(あまりお勧めではない。)


Мася さんはもうすぐ帰国ですね。どんな話があるのか楽しみです。


80-200 お名前: telefunkenさん [2003/12/23] No.772
Hartmut Thieleという人の書いた150 Jahre Photooptik in Deutschland 1849-1999の、CZJの箇所に、Vario-Sonnar 24x36(画面サイズ) 4/80-200, 12-8(8群12枚)1987(発表年度)、WO(Wechselobjektiv),aus Jena, auch Vario Prakticarという記載と、Vario-Sonnar, 24x36, 2.7-3.5/35-70, 9-8, 1987, aus Jena, auch Vario Prakticarという記載があります。そのすぐ上にVario Pancolorで、まったくおなじ24x36, 2.7-3.5/35-70, 9-8, 1987, WO, auch Vario-Prakticarという記載もあります。ぼくは以前Pentacon時代のCZJのレンズカタログを持っていたのですが、どこかに紛れ込んで見当たりません。例のカール・ツァイス商標のブランド裁判の結論が出たのが1960年代末(イギリス貴族院でのこれに関する採決が1965年5月18日、ニューヨークの地裁での判決が1968年11月7日)ですから、これらのレンズが出たころは、ワルシャワ条約加盟国などではCZJがカールツァイス商標を、NATO諸国などではCZOがカールツァイス商標を使っていた時代で、CZJはNATO諸国にはaus JenaやVario-Prakticar,ワルシャワ条約諸国へはCZJで出していたのでしょう。
この時代はもうHarry Zoellnerはやっていませんから、誰の設計かはわかりません。CZOでも、Pankratisches Objektiv(CZOの設計者などのあいだでのズームの呼び方)はあまり得意じゃなかったようです。



Giku ! お名前: Masiaさん [2003/12/23] No.771
Privet
Mada Moskva ni imasu. Kyou no gogo 7 ji (nihon jikan deha 24 ka no gozen 1 ji)hatsu no hikoukidesu.

Konkai katta CAMERA ha... 1 dai ARSENAL seiga arimasu. Soreto ZORKI-3 desuga ARK-ANGEL deha arimasen(GANDUM SEED neta de ashitsuki wo imishimasu.)

Deha OYAJI ga PC wo kaese to itteirunode konohende.

Poka


訂正 お名前: けろけろさん [2003/12/23] No.770
ペンタコンの80−200には、ごく少数生産された、CZJ銘のオリジナルが存在するようです。訂正します。

ただし、実機をみていないので何ともいえません。鏡筒部分だけがオリジナルで、光学系がOEMということもありえるように思います。わたくしが手にしたことがあるのは、シグマの通常のものと、シグマの光学系に、ペンタコン独自の、外付けAFとしたものでした。AFは、ペンタコンBマウントが絞り情報などをポテンショメーター等によって電気的にやりとりするのを利用したきわめて巧妙なものでした。ただ、そのAF系そのものも、オリジナルではなく日本の技術を導入した可能性は否定できません。AFズームも、通常のズーム(シグマ)も、ペンタコンにふさわしい廉価な値段でした。

一方、ツアイス銘がはいったズームは当初から値段が高かった(26万円ぐらい?)というのですが、これは、ペンタコンBのレンズとしては例外的に高い値段ですが、たしかにペンタコンB用でもプラクチカールではなくて、ツアイス銘の50ミリF1・4は、べらぼうに高かった(10年前でたしか7万円ぐらい?ただし、確かな記憶ではありません。手元に実物は今もありますが)ので、ツアイスブランドとペンタコン=プラクチカールブランドは区別されていたのかもしれません。


仮に東ドイツのCZJの方でオリジナルズームが完成していたとするとそれが、ソ連に流れたということもありえるところです。ただ、CZJのズームの生産年度もはっきりしません。また、外観からは、今回のソ連製のズームとの類似性は少ないように思います。またソ連製ズームの値段は、他のレンズとは別格に高かったのでしょうか?


TinTinDoさま

はじめまして。よろしくお願いいたします。特殊用途のカメラでは、別途バイヨネットが採用されていたようですね。キエフ10、15について実機をおもちなら、コンタレックスなどとの比較をおおしえいただけると幸いです。


回り方 お名前: telefunkenさん [2003/12/23] No.769
金井さま
バヨネット回転方向だけでなく距離スケールまで逆! いままでまったく気がつきませんでした。必死にしらべたい気持ちです。けろけろさまにご指名頂いてますが、銃剣との相関性が思いつきません。買いかぶりです。でもこれも必死に調べて見ます。探究心がムラムラと湧いてきました。ちなみにExaktaのバヨネットはライカまわりでした。コンタレックスI型は改心したのか、バヨネットも距離スケールもライカ周りです。


質問 お名前: TinTinDOさん [2003/12/23] No.768
はじめまして、いつも興味深く拝見しています。
最近のマウントの話なんですけど、KMZもArsenalも民生用のみで考えてもいいのでしょか?
綺麗ごとは抜きにして、光学機器は軍事、宇宙産業、医療分野との関わりを無視するわけには
いかないのでないでしょうか?
Arsenalには、ニコンマウントの前にKIev-10/15用のオリジナルマウントがあると思うのですが
どうでしょうか?ちょっと気になったもので。


ズームレンズ お名前: けろけろさん [2003/12/23] No.767
Масяさま

無事のご帰国を祈ります。特にリトアニアのカールツアイスとKMZについて、ご帰国後に教えてください。ミノックス、バルダとアーセナル(キエフ35つながり)の関係も判るかもしれません。クリスマスは飛行機の中ですか?


金井さま

マウントのとりつけ方向だけでなく、距離環の方向もライカとコンタックスで逆だったとは。いつも使っているのに気がつきませんでした。取り付け方向は、ネジマウントから出発したライカが時計回りなのはわかりますが、なぜ最初からバイヨネットにしたコンタックスは、反時計回りにしたのでしょうね。ボディを右にもって左でレンズを操作するのには、外側の方向のほうがやりやすいということですけど、取り外しは逆なので、あまり説得力はないですね。バイヨネットはそもそも銃剣の取り付けからきているようですから、そのあたりに淵源があるのかも。telefunken さまがお詳しそうですね。



>技術者・経営者は、協力関係・仲間意識と同時に、ライバル意識が有って当然だと思います。

その背景に、政治=文化的要素をどれだけ読み込むかということですが、結論づけるには早急でした。

80−200のズームですが、距離環のローレットあたりが日本製っぽいのですけど。東ドイツのペンタコンの80−200も日本製(シグマ)でした。マウント材質あたりから、ある程度は予想がつくのですけど。そのあたり刻印とかありませんでしょうか?コシナ、ビビタール、などのメーカー製との比較はいかがですか?そのあたりとの比較は、日本メーカーとのライセンス供与などの問題をとくことにも意味があるように思います。

また、写真機用ズームをソ連が自力で開発・生産していたとすれば、これは相当な技術力ということになるでしょう。ライツもほとんどシグマ等からのOEMに依存していたわけですから。


写真添付 お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/23] No.766
No.765に写真を添付するのを忘れました。
画 像 : Nマウントの参考写真-(78 KB)


Kievはニコンマウントなど お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/23] No.765
Kievはニコンマウント

 使う立場からすると、KとN(ニコン)マウントは何かと逆でキライです。KievがNマウントなのは、私には何も不思議はありません。

1、使う立場で考えたらアーセナルはKマウントではない:
 装着の方向や、距離リングの方向を考えたら、L->M39->M42->Kは自然です。でも、コンタックスマウントからKマウントになったら、使いにくいですよ。使う立場で考えたら、アーセナルがKマウントを採用する事はないと思います。コンタックスマウントからNマウントは自然です。

2、輸出を考えたら、Nマウントが良いでしょう:
 もし、外貨獲得のため輸出を考えていたなら、海外で有名だったNマウント互換機が良かったのではないでしょうか。だから、アーセナルがNマウントを選択した事は自然です。
 ソ連は慢性的ドル不足に悩まされていました。

3、製造側からみたら、マウントの違いは小さい:
 タムロンにアダプトールってあるの、ご存知ですか。(風前の灯)。昔のマニュアルレンズは、複数種類のマウントで供給する事は、特に問題なかったと思います。

 と言う事で、マウントから、ソ連邦内の構成共和国の関係は透けて見えないとおもいます。
 技術者・経営者は、協力関係・仲間意識と同時に、ライバル意識が有って当然だと思います。
 
4.アーセナルのレンズは本当にアーセナルで製造したか?
 80〜200mmのズームにGRANIT-11A,M,N,AUTOMATがあります。このレンズを、本当に別工場で作っていたのだろうか。もし、そうだとしても、設計や製造設備はどこが行ったのだろう。
 距離リングの回転方向は、「ライカ回り」「コンタックス回り」があります。
 写真左は、アーセナル製のGRANIT-11Nです。距離リングの回転方向に注目ください。ライカ回りです。写真右上は、アーセナル製のARSAT-Nです。こちらは、コンタックス回りです。(KievのNマウントレンズの多くはコンタックス回りです。)写真右下は、ZENITのKマウウントレンズで、ライカ回りです。
 お分かりでしょうか。アーセナル製のGRANIT-11NはNマウントにもかかわらず、距離リングの向きが逆になっています。このレンズの製造設備は、GRANIT-11AなどKMZのものと同じであった事を示唆しています。組立工場がアーセナルでも、不思議は無いけど。



Мася さんは、もうご帰国ですか。
 で、購入したカメラは何だろう。みんな、KMZ製ですよね。



Webカメラ:
 http://webcam.mnc.ru/cam.htm
hirob_p さん、ご指摘の通り、ズームになっていますね。何か特別なイベントが始まるのかな。


訂正 お名前: telefunkenさん [2003/12/23] No.764
けろけろさま
照準気機ーーーー照準機
電機式----------電気式
です。よろしく。


Izvinite ! お名前: Masiaさん [2003/12/23] No.763
Privet

Kore ha GOMEN NASAI desu. Kyou RETURN MATCH de MOSKVA 2 wo 1 dai kaimashita. Senjitsu kawanakattano ha 1 dai dakenara genkin de toiukotode kyou genkin wo motteitanode omoikitte kaimashita. Toittemo CARD wo tsukatte ZENIT KM ka RUBINAR 300mm ni shiyouka to mayotta ageku, MOSKVA wo kaimashita.

Sakujitsu PUSHKINO kara kaette kimashitaga, yuki no nakadeno BADOMINTON ya VOLLEY BALL de koshiwo itameteshimaimashita. Sakihodo watashino soubestu BOWLING taikai ga attanodesuga, watashi ha miteiru dakedeshita. A ! Honto ni yuki ga tokete kimashita. Shibafu ga mieru tokoro mo arimasu.
Deha asu NIHON ni modorimasu.

Poka !


お名前: telefunkenさん [2003/12/22] No.762
けろけろさま
なるほどM42を考えると、工作機械基準説は強力ですね。それにしてもArzenal/
KMZの協力・離反問題のおくに、ソ連邦構成国家間の政治関係を透視する鋭い視力には強い感銘を受けました。なぜFマウントか、の謎に対するコンタックス仮説には脱帽です.wittyでしかも深い。第三帝国でのツァイスコンツエルン、大日本帝国での日本光学とおなじ立場にいたZavod Arsenalからの、ニコンにたいするエールかも知れませんね。ちなみに戦時中はカールツァイスだけでなく、
ツァイス・イコンでも武器を作っていたらしくて、昭和18年9月に帝国海軍光学部にドイツ潜水艦で運ばれてきたB・Z・A・1という急降下爆撃照準気機は、計算系はカムなどを使わない電機式、修正は海軍三式みたいに反射鏡式じゃなくて、光像目盛のスリットを焦点面内で褶動させるタイプで、コリメーターレ
ンズはゾナーのF2,本体はツァイス・イコン製だったそうです。(参考:兵器を中心とした日本の光学工業史S354)


マウント お名前: けろけろさん [2003/12/22] No.761
hirob_p さま

マウント径39ミリは、画面サイズの対角線長さ約43ミリ、使用可能レンズの焦点最大300ミリとすると、FB約30ミリでけられる分約1割つまり、39でぴったりです。42ミリは、さらにFBが長くなる分と、さらに長焦点を考えて、ほぼ対角線長を確保したということでしょうか?
ライカMマウントは、この対角線長を切り欠き分でなるべく開口径を小さくとどめたのでしょう。スペース節約は、ボディだけでなく、レンズのサイズもということかも(Mマウントのレンズは小さいですよね)。それ以降の一眼レフでは開口部が対角線長をはるかにこえていますから、切り欠き部分の位置は考慮しなくてよかった。ライカの特許にチャレンジする必要はなかったわけです。


telefunken さま

ネジの点は、本当に詳細にありがとうございました。大変に参考になりました。特別な規格ではなかったということですね。粗いピッチがレンズ交換に適していたということも考えなければならないということでしょうか?ただ、M42の問題もあるので、工作機械の基準説も捨てがたいようにも。

ただ、アーセナルとKMZとの関係と、政治的なウクライナとロシア共和国(というかモスクワ中央部)との関係とのアナロジーを無視できないようにも思います。もちろん敵対していたわけではないことは、政治的関係と同じですが、かなり微妙だったのではないかと。つまり共同生産とか委託生産もあったとはおもいますが、一方では技術的に独立しようとするベクトルの方向もあったということかと。KMZはソ連光学機械業界の指導的立場にあったとすればなおさらです。つまり、こういったことを分析すると、逆にある時代のソ連邦内の構成共和国の関係も透けて見えてくるかもしれないわけです。

では、キエフ10,15の独自マウントの挫折(?ないしは商業的失敗)の後で、なぜFマウントだったのかということです。政治的にKマウントをとれないとして、それに代わるのが、なぜ、Fでなければならなかったのか、ということかと思います。

一つには、この前からのニコンFの特許消滅説です。でもそれだけでは消極的理由に過ぎませんね。ライカの旧Rマウントだって、よかったかもしれないわけですから。やはり、積極的にはニコンFとの共通性がマーケティングにアピールするという判断でしょうか?もっとも、ニコンとの互換性をどこまで真剣に考えていたのか、むしろ互換性を意図的にはずしていた可能性も否定できません。あるいは、コンタックスの伝統を守ってきたアーセナルが、手本として選んだのがコンタックスを同じように学んだ兄弟としてのニコンだったのかもしれません。兄が弟から、ないしは弟が兄からでしょうか?


Arsenal お名前: telefunkenさん [2003/12/22] No.760
金井さま
なるほど、ArsenalがKMZと距離をおいた、というのはPrincelleの考え違いかもしれませんね。おなじ工場で作られていた、というのは大胆な想定ですがアリウル系かも。MCこんばーたーの件ありがとうございました。それにValdaiとKMZのことも、ナルホドと、大いに考えさせられました。アユのやつもドコ製やら、心もとない限りではあります。ぼくはさいきんアユからアヤヤに乗り換えた
ので、ちょっと関心が薄れてきてますが。ライカとニコンの同棲はありえるかもです。


競技場が写っているWebカメラ お名前: hirob_pさん [2003/12/22] No.759
がツリーに向かってズ〜〜ム!
今朝はいつも通りだったけど、
何だかイベントっぽい雰囲気
になってます。モスクワの
クリスマスがちょっとだけ
感じられますね。


雪など お名前: hirob_pさん [2003/12/22] No.758
こちらは土曜朝に9cm積雪でした。朝起きて驚いて急いで身支度をして、お湯を抱えて車に向かいました。でも、今朝はマンション一階の小さな兄弟が玄関前に1つづつ作った雪だるまも出勤時には跡形も無く解けて、階段中ビショビショでした。毎年実家へ帰省する直前にスタットレスへ履き替えるか迷うのですが、今年は交換して行こうと思います。何故か滋賀県辺りは雪が多いです。

>Масяさん
ごめんなさい。読み飛ばしてしまっていました…で、読んでビックリ…モスクワ3台セットで1万弱って日本では考えられないですね…う〜ん、勿体ない。

それに、МасяさんもZorki-3所有者!日本だとオークションでも結構高値なので羨ましいです。初期型の足付きだともっと羨ましいです。

もうそろそろ帰国の途でしょうか?例のWebカメラを見ると、競技場前に凄く大きなクリスマスツリーが立っていました。全然気付かなかったけど、いつからだったのかなぁ…。


たくさんの投稿ありがとうございます。 お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/22] No.757
たくさんの投稿ありがとうございます。

難しくて、とてもついてゆけません。

hirob_pさんは、休日出勤だったのですか。雪、有りませんか。モスクワのМасяさんよりも、名古屋方面のhirob_pさんの方が雪がいっぱい??

Kiev17:
 最後にAがつくレンズ(Mir-10A、Tair-11Aなど)はマウント交換方式で、販売時に、M42とニコンマウントが付いていたものが有ったと思います。だから、Zavod ArsenalがKMZと距離を置いたわけではないのでは? それに、MC KONBERTER K-1 2× は、アーセナルかベガ製ですが、M42マウントです。
http://cccpcamera.myhome.cx/RussianCamera/Lens/Telecon/Telecon.html

 それ以前に、アーセナルのレンズとKMZのレンズを「同じ工場で作っていた」なんて事はないのですかね。KMZとValdaiのレンズは本当に違うところで作っていたのか、疑問です。
 
 でも、そんなことを言ったら。
 ソニーのツアイスレンズはまあ良いとして、「あゆはぶれない」ライカレンズはどこで作っているのだろう。ライカとニコンのコンパクトカメラが同じ工場で作られていた、なんてことはないのだろうか。



管理人から:
 いくつかの記事を削除しました。
 このとき、削除作業手順をちょっと間違えたので、ちょうど削除作業中に投稿があった場合は、誤って跡形もなく削除した可能性があります。この場合は、まことに申し訳ありませんが、再投稿してください。ご迷惑をおかけしすみません。


kiev 17 お名前: telefunkenさん [2003/12/21] No.756
けろけろさま
周知のとおりJean Loup Princelleは、Kiev17でニコンマウントを採用したことによって、Kマウント系を選んでいるKMZ,Lomo,BelOMOなどから完全に絶縁したことを証明したという意味のことを書いていますが(フランス語からの翻訳らしいが、英語がちょっとおかしい)17にしても19にしても、そんなにKMZなどから距離を置く必要は何なんでしょうか。レンズの共用性をなくすることが、Zavod Arsenalにとっては利益になるんでしょうか。バカな疑問かもしれませんが、気になります。


ネジの回転 3 お名前: telefunkenさん [2003/12/21] No.755
けろけろさま
ある修理家の話では、ドレスデン製のコンタックスは力のかかるところにはインチネジを、さほどでもないところはミリネジを使っているそうです。インチネジのほうがピッチが粗くて(?)、山がヘタリにくいからだそうです。いっぽうイエナコンタックスのほうは、すべてミリネジで済ませているそうです。ただこのインチネジという言い方がほんとうにインチベースなのかどうかは、よくわからなくて、ピッチの粗いものを、そう呼び習わしているだけかも知れないとのことです。
お説のように、ドイツでのメートル法の採用はかなり遅くて、普仏戦争の少し前の、1850年代だそうです。やはりおっしゃるように抵抗があったのでしょうね。また人間のパーツをもとにしたFussとか、そのサブユニットであるZoll(12分の1Fussであったり10分の1Fussであったりする)が合理的かつ生活感覚に密着している感じがあって、地球の子午線をベースをおいて日常から遊離した単位のメートル法にたいして軽蔑、とまでゆかなくても反発があったのかもしれません。
工作機械がインチベースであったというのも、可能性が大きいと思います。
三脚穴! そう、確かにそうですね。インチですね。こういうネジ穴には、さっきのウイットワースネジとかの伝統が生きてるのでしょうね。、しらべてみたら、そのWhitworth系をベースにしてアメリカで開発したものをもとにISOが決めたのがインチ系のUnified Screw Threadsだそうです。国際宇宙ステーションにもこのユニファイネジが使われているらしくて、アメリカ主導のものは結局ヤードポンド系の呪縛からは逃れられないみたいです。また航空関係も飛行速度をノットで表現したりするから、宇宙飛行もノットを使ってるんでしょうか。ちなみにアメリカの宇宙ステーションがインチ系のユニファイネジ、ソビエト・ロシヤの宇宙船がミリネジだったのなら、例のドッキングのときなんか、困ることはなかったんでしょうか。Barnackの意図がフェトやゾルキで実現したかもというのは、けだし名言です!


ネジの回転ー2 お名前: telefunkenさん [2003/12/21] No.754
けろけろさま
鋼材の規格表を見ていたら、インチ系の通称ユニファイネジ(Unified Screw Threads)の規格の中に、インチあたり13山というのがありました。26分の1が26山だったかどうか自信がありませんが、もしそうなら、このピッチの2倍の細かさということになります。


訂正 お名前: telefunkenさん [2003/12/21] No.753
けろけろさま
Whitworthの名前のJosefは正しくはJosephでした。別の資料ではSirの称号がついています。間違えてすみません。


マウント特許 お名前: telefunkenさん [2003/12/21] No.752
hirob_pさま
丁寧なレスポンスありがとうございました。今後もDepatisがお役に立てばいいですね。
Kellerの本には詳しい説明が何も無くて、ただヴェーレンプフェニヒが設計したということと、特許の見出し的なページが出ているだけです。発明の内容にあたる記述があればよいのですが、それがありません。


ネジの回転 お名前: telefunkenさん [2003/12/21] No.751
けろけろさま
 ぼくの友達のカメラ計測マニアの説によると、26分の1インチというのはむかし(第1次大戦以前のことらしい)世界的にクルマや飛行機に使われていたウイットワースネジの規格のひとつだ、ということです。ちなみにWhitworth screw threadという見出しは研究社の新英和大辞典に出ていて、その説明では『上面と下面に丸みがあり、ねじ山の角度が55度の、英連邦で標準的なネジ』とあり、Josef Whitworth 1803-87, 英国の機械技術者、考案者とあります。
 ぼくの記憶では、このウイットワースが設立した会社は、あとで例のアームストロング男爵が発明したアームストロング砲のアームストロング社と一緒になって(合同!)、アームストロング・ウイットワースという会社になっていたようです。(この段ちょっとアヤフヤ)


先の文章 お名前: hirob_pさん [2003/12/21] No.750
先の文章が気になったので、補足です。合わせて図面の一部をアップします。

違う意味に取れそうな文章になってしまったので。「バヨネットの開口をフィルムの4隅のギリギリに合わせる」→「バヨネットの切り欠きをフィルムの四隅に合わせる」が正しいです。

なぜ切り欠きを四隅に配置したかという理由も書かれています。2つの理由があって、

1つ目:「小さい内径でスペースを節約できる」(訳がおかしいのか原文は意味不明ですが、要はこのような意味だと解釈しました。ドイツで出願されている原文が読めれば良いのですが…)。ボディ側を小さくできると言いたいのではないかと思います。

2つ目:「フィルム面に当たる光線を妨げる事無く、画面全体に光線が行き渡る」ということだそうです。当たり前ですよね?レンズでフィルム面が蹴られてはカメラになりませんもんね。

と言う訳で、ライツのバヨネットの特許と言われるものは非常に低いレベルで成立してしまっています。逆にこれによって、日本の他の会社のマウントで、このライツの特許から20年以内に発売されたものには、バヨネットの切り欠きがフィルム面の四隅に当たる位置に来ているカメラは無いであろうということになります。

もし、あればライツは権利行使をできたことになります…。本当に無いのかなぁ?
画 像 : 四隅の説明-(6 KB)


KIEV4aフィルム給送 お名前: hirob_pさん [2003/12/21] No.749
情報はいくつあっても良いと思いますので、必要か分かりませんが取捨選択して下さい。

私のソ連カメラでよく起こるフィルム給送不良は、パトローネと空スプールとが正確に平行になっていなくて起こるものです。ボディ裏蓋を閉めて、暫く巻き上げていると段々重くなって、酷い時は全部コマが重なります。

解消方法は、空スプールの頭を削ったり、増やしたり(別のパトローネから取ってくる)して、パトローネとスプールを平行にすると解消されます。

同じ不具合かは分かりません…ご参考までに。


Mマウントなど お名前: hirob_pさん [2003/12/21] No.748
こんにちは、休日出勤なのにちょっとだけ書き込みを…。

telefunkenさんのNo.734で伺ったドイツ特許庁の検索ページを初めて使ってみました。流石ドイツと驚いてしましました。通常、特許は余り古いと産業貢献度が低いので、1970年頃以前の特許はテキスト検索ができないようになっています。ですので、各国独自の分類表のようなものを使って得られる分類番号を調べて検索します。日本もアメリカもどこでもそうだと思っていました。でもドイツの特許庁は自国の特許に限って(?)は少しだけテキスト検索が可能になっていました!これは凄い事と思います。タイトルとか、発明者とか、会社などの特定のテキストだけのようですが。ただ、引っかかる件数が多いと自動的に500件まで絞られるので実際は、500件以内に絞り込む手段を考えないといけません。また、500件を虱潰しするのは気が遠くなります…。いずれにしても、少しの範囲でも古い特許をテキスト検索可能にしているのは凄いことだと驚きました。ドイツ人は本当にカチッとしているのですね…これからドイツのカメラ会社の古い資料はあの検索システムを使わせて頂きます!

また、No.744のMマウント特許は、先日No629で画像アップさせて頂きました日本特許と同じものです。画像が入っていなくて分かりにくかったかもしれませんが(ここがアメリカ等と異なるところですね)、発明者やタイトルを見て頂ければ分かると思います。もちろん、アメリカとは番号なども全部異なります。別のページについている図面などは全部一緒です。

ところで、あの投稿で言いたかったのは、ライツの公報でも、言われているようにバヨネットという機構自体はもうこの出願以前から知られている当たり前のことのようで、公報にもそう書いてあるんです。ですので、あの特許もライツが別の事を主張して特許化しています。ポイントは「バヨネットの開口をフィルムの4隅のギリギリに合わせる」という事だけです…(こんなことで特許なの?って感じも…)。つまり、単純に「バヨネットの特許」ではなく、どういうバヨネット形状かということを特許にしています。もし、この主張が広範であると認められると、その後、一眼であろうが何であろうが、出願してもこの構造を持っていると全部ライツの特許に抵触することになります。ですので、ニコンなども何か工夫して出願しているのでは無いかなぁ?と思うんです(見つかりませんが…)。

特許をせっかく探しても、どの技術をどう活かしているか、また、実際にそれが使われている、使われていないのか、等々公報を読まなくては、今、自分が実際に手に持っているカメラにその技術が入っている入っていないのか等は検討することができません。KMZのように自分でこの特許を使ったと言ってくれれば(そう言っているのかな?)、本当に有り難いのですが、でも探す楽しさは無くなってしますね…。


旋盤 お名前: けろけろさん [2003/12/21] No.747
補足です(いつもごめんなさい)

旋盤など詳しいことはよくわかりませんが、ネジを切るときは、マスターになる送りネジなどに作成規格が依存して、インチ単位からメートル単位は容易ではない。だから1ミリ山ではなく、26分の1インチ山にした。しかし、単に穴開けのようなものは、そういったマスターネジとは無関係だからミリ単位で39ミリとすることができた。

生産現場と設計者との妥協としてこうなったということでいかがかと。ただ、26分の1って大変なような気も。どなたかお詳しい方、お願いいたします。


M39? お名前: けろけろさん [2003/12/21] No.746
telefunken さま

いろいろとありがとうございました。すごい発見ですね。Mマウントは、WEB上のではないのですね。

ドイツ・インチのことも勉強になりました。メートル法はフランス大革命の成果の一つで、であればこそ、後進帝政国家であったドイツ・ロシアなどでは、メートル法の普及と革命の輸入を結びつけてそれを拒んだということですね。

ツアイスのキュッペンベンダーとか、ライツのバルナックが設計した段階では、彼らが大卒のエリートだったことから、メートル法だったと思いますが、製作現場のマイスターたちの間では、まだ感覚的にドイツインチで、翻訳が必要だったということは想像できます。日本ではいまでも家の設計図がメートル単位でも現場の大工さんは尺・寸に直すように。

さらには、工作機械そのものがまだ、インチの規格だったのかもしれません。じつはL39は、ピッチ26の1で、なんとか1ミリに合わせようとしたという意図を感じます。この前はギミックと書きましたけど、むしろこの方が正解かもしれません。もし完全にインチ単位ということなら、ピッチも24分の1にしただろうと思います。ただ、39ミリの謎はのこりますね。つまり工作機械の基準だったら呼び径も本当は「39ミリ」ではなく、インチ単位なのかも、と。

一方新生ソ連では意地でもメートルにしなければならなかったでしょう。インチ(ロシアインチというのがあるのでしょうか?)規格の機械は、封建遺制を象徴するものとして、メートル規格に取り替えられたのではないでしょうか?ばだから、フェド、ゾルキは、L39ではなく、それとは別のM39とでもいうべき規格なのです。はからずもバルナックの当初の意図は、遠いソ連で実現した、と。

インチ規格の名残は、三脚穴ですね。他にもあるかもしれませんが。これは戦前からの規格の継続性によるでしょう。アクセサリーシューなどもそうなのでしょうか?

ドイツネタは個人的にはとても興味がありますが、ここはソ連=ロシアものということで・・・。

マウントのパテント化が可能だということはこれでかなりはっきりしたように思います。では、本題(?)のニコンFマウントとキエフ19との関係、ですね。

Масяさまの「現地調査」(!)とhirob_p さまの引き続いてのご検索が心待ちにされます。


M3 お名前: telefunkenさん [2003/12/20] No.745
けろけろさま
なおさきほどの続きですが、M3の主任設計者はW.SteinとLudwig Leitzで、これをアシストした設計家たちが、Heinrich Schneider, それとさっきのHugo Wehrenpfennig, August Broehl,Friedrich Gath、その他の人たちだそうです。これはライツのニューヨークにいたEmil G. KellerのLeica im Spiegel der Erinnerungenに、さきほどのマウントの件と一緒に出ています。


Mマウント お名前: telefunkenさん [2003/12/20] No.744
けろけろさま。
ある資料がみつかりました。
これによるとMマウントはH.Wehrenpfennigの出願でBayonet Union for Camera Objective Partsという表題で、filed Jan.18,1951, No.2,643,581でJune 30,
1953付け。記載から見て明らかにU.S.Pat.です。


インチ お名前: telefunkenさん [2003/12/20] No.743
けろけろさま
Lマウントのことからの連想ですが、ぼくの友達でライカやコンタックスを調べて、これらのカメラはすべてインチベースで設計されたと言っている人がいます。たしかに神聖ローマ帝国つまりドイツ第一帝国のかなり後期までZollすなわちインチが使われていたという話を聞いたことがありますし、それがツンフトなどの伝統をひく職人の世界で生き残ったり、海峡を隔てたイギリスなどでも生き残ったのかもしれません。服のボタンなどは、いまだにligneつまり12分の1(カナダでは8分の1)インチのリーニュを使って直径を表現しているようですし、アメリカなどでもラインと発音しておなじ単位を使っているようです。


マウントその他 お名前: telefunkenさん [2003/12/20] No.742
けろけろさま
そうですか。オリンパスとミノルタのが見つかりましたか。ぼくはひとに言っておきながら自分の興味の範囲だけで索引していて申し訳ないです。Mマウントはお説の通り消滅しているのでしょう。このオンラインサービスでは生き残っている特許だけを載せているのかも知れません。ライツのFassungで引いてもMマウントらしいものは引っかかってきません。コニカの言い分も雑誌で見た記憶がありますから、消滅の可能性は大きいと思います。なお心当たりをすこし探してみます。Lマウントについてはそれに詳しい人に聞いてみますが、いま自宅(アメリカ)にほかの件で連絡してもいないようすで、年明けになりそうです。


お名前: けろけろさん [2003/12/20] No.741
telefunken さま

教えていただいた、HPを拝見しました。今のところ、オリンパスとミノルタのバイヨネットマウントについての特許を発見しました。これで、マウント自体が特許になることが示されつつあるように思います。

Mマウントについては、特許が消滅しているために、このHPでは発見されないのかもしれません。そのあたりはよく分かりません。Fマウントも同様の可能性があります。

でも、hirob_p さまの以前のご調査では、かなり以前の特許についても検索可能だったわけですし、そのあたりについて、hirob_p さまのご教示を待ちます。

Mマウントについては、コニカがRFを出すとき、ライカMマウントが特許が消滅していて問題がないのだというコニカ側のコメントがアサヒカメラあたりに載っていたのを記憶しております。

Lマウントは、単なるネジだったから特許にはならなかったのでしょうか。ただ、よび径がミリなのにネジ山をミリにしなかったことが、あるいみではギミックだったのかも。実際にいまだ気がつかない人も多いわけです。


Мася さま

お元気そうで何よりです。どうかお気をつけて、ご滞在を楽しまれますことを。

http://www.zenit.istra.ru/archive/misc/patents/index.html

なんとか解読しました。上から6番目のが、Kマウントの開放絞り情報に関する特許ですね。上から2番目は、PKリング(マウント変換)に関するものだと。

いずれにせよ、KMZにおいては、こうやって、きちんと特許管理をしているということが示されたわけです。


北星さま

はじめまして。キエフ4をもっていますが、同じく「表巻き」です。表巻きと裏巻きは両立しないので、巻き方が間違っているということはありえないと思います。
むしろスプールに問題はないでしょうか?じつは、わたくしが所有するに至ったキエフも付属していたスプールはフィルムの廃品でした。オリジナルのキエフのスプールはよく存じません。コンタックス用ないしスメナ8M用のスプールだと、フィルムの孔(パーフォレーション)を引っかける突起があり、少々のことでははずれません。これがきちんとかみ合っていないと途中で、ふくれあがった巻き取り部分でトルクが低下し、フィルムの給送が不可能になります。その結果、スプロケットで孔が削られるということです。つまりスプロケットによるフィルム孔の破損は、原因ではなく、結果の可能性があるということです。今一度スプールをご確認ください。突起がないものであれば、他のカメラのスプールを流用するか、ないしは、何らかの方法(テープで留めるなど)が必要になります。

スペアのスプールはほとんど市場にはでないようです。ソ連・ロシアカメラ専門店でも困っているという話を聞きました。コンタックス用スプールは時々売っていますが、おそらくお求めになられたキエフ+レンズよりも高価です。


それを聞かれるとつらい お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/20] No.740
 Kievで、フィルムをスプールに巻くときの方向について

 HPに載せているKievは、すでに手元にありません。(人にあげたか、売ったか覚えていない。)
 部屋にころがっているKiev 4台を見たところ、4台ともスプロケットからスプールの上へ巻き付ける方式でした。スプロケットからスプールの下へ巻き付ける方式のKIEVが本当にあるのかって聞かれると、すみません、良くわかりません。写真が間違って、別のカメラのものには、、、見えませんね。


キエフ4a故障?お名前: 北星さん [2003/12/20] No.739
金井さま、初めまして。
とても親切な回答有り難うございます。
いろいろいじってみましたがスプロケットとフィルムの穴の関係が良くないのではないか(スプロケットの歯車が尖りすぎでは)と思いますので今度はフィルム装填を慎重にしてみます。
因みにフィルムを巻く方向ですがここの「kiev-4使用説明」ではスプールの下から巻いてますよね、でも金井さまのKiev-4はスプロケットからスプールの上へ巻き付ける方式なのですか?。


Re:キエフ4a故障? お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/20] No.738
北星さま、始めまして、管理人の金井です。

1.フィルムを巻く方向
 使っている、Kiev-2,3,4(T1),4amを見ると、北星さま同様、スプロケットからスプールの上へ巻き付ける方式です。上に巻きつける方式で、正常です。(下に巻きつけるほうが、外れる事が少なくてよろしいですよね。)

2.
>ある程度以上の力がかかると(スプールが)空回りする
 スプールが空回りする問題は、空回りするのが正常です。空回りしないと、故障です。スプロケットで、フィルム送り量を決めているので、スプールの回転はフィルム送り量とあっていません。それを調整するために、空回り(すべる)します。

>撮影中15枚くらいで巻き戻しダイヤルが回らなくなった
>コマ間が重なっていたり、13コマ目付近でスプロケット用の穴がボロボロだった
 コマ間が少し重なるのは仕方ない事だと思いますが、プリントに支障が出るほどの重なりは、通常、ほとんど有りません。
 まともに写っていたのは3枚だけだった事、途中でダイヤルが回らなくなった事、フィルムの穴がボロボロだった事を合わせて考えると、フィルムの穴がスプロケットの歯から外れていたのだと思います。なぜ外れたのかは、状況を見ないとなんともいえません。
 スプロケット(の歯)が欠けていたり、スプロケットが時々回らなくなるのだったら、明らかに故障(不良品)です。
 フィルムの装填に失敗して、スプロケットの歯から、フィルムの穴が外れたのだったら、カメラの問題ではありません。
 スプールには問題ありませんか。(少し短いとか、割れているとか、曲がっているとか。)

 実は、器用でない私は、時々、フィルムがスプロケットの歯からはずれ、フィルムの穴がボロボロになる事があります。対策は、フィルムを装填した時、巻き戻しダイヤルを巻いて、フィルムをピンとさせます。これで、トラブルはだいぶ防げると思いますが、完全に防ぐ方法は知りません。

 なお、36枚撮りを使うと、はずれる事が多いと言う人もいます。


キエフ4a故障? お名前: 北星さん [2003/12/20] No.737
キエフ4a type1を購入して試写(24枚撮りISO200フィルム)しました。
故障なのか、そういうものなのか疑問点がありますのでご教授願います。
1.フィルムの装填方法ですがインターネットで調べたキエフ4の装填方法ではスプロケットからスプールの下へ巻き付けていますが、私の4aではスプールの上から巻き付けます(巻き上げダイヤルとスプールの回転が逆になっているので)。
これだとスプロケットとフィルムの噛み合わせが弱いのではないでしょうか?これで正常ですか。
2.撮影中15枚くらいで巻き戻しダイヤルが回らなくなったのでテスト用フィルムに入れ換えて巻き上げていったらやはり15枚くらいで巻き上げられなくなったみたいなので裏蓋を外してみたら、巻き上げダイヤルを回してもスプールは回ってませんでした。
(フィルムを外してスプールを取り付けるツメを指で押さえてても巻き上げダイヤルは回す事ができます、つまりある程度以上の力がかかると空回りする)これで正常ですか?
試写した写真が出来上がりましたが、コマ間が重なっていたり、13コマ目付近でスプロケット用の穴がボロボロだったりで、まともに写っていたのは3枚だけでした。
考えられる対策としてはフィルムをスプロケットの歯車に正確にはまるよう気をつけて装填するくらいしか思いつきません。
ロシアカメラとはこんな物でしょうか?それとも返品するべき状態の品でしょうか?
ちなみに購入金額はレンズ付9000円です。


如意に お名前: rubyさん [2003/12/19] No.736
 管理人様 735の内容理解いたしました、ただ

>>729 hirob_pさんの発言に自分の行動の責任を押し付けるような子供じみたやり方
の解説が

>>717 715の記述と時系列が不整合になります。
になっています

715の内容の理不尽さについて御考えいただければ多くの方に
御理解いただける書き込みだとおもいます
662で謝罪を求めながらそのアクションのきっかけをを672にある
とするのは論理的に無理があるのは誰にでも判ることですよね。

それを承知での削除については管理人様の判断ですので如意に行って下さい
しかし同時にhirob_pさんの寛大さへの感謝を忘れてはならないと感じています。



*** お名前: ***さん [2003/12/19] No.735
 *** この記事は削除しました ***


マウントの特許 お名前: telefunkenさん [2003/12/19] No.734
ライカでマウント(たぶんM型)の特許があったという話を聞いたことがあります。またドイツ特許庁のオンラインサービスhttp://depatisnet.dpma.de/を見ると、Fassungでたくさん出てきますから、その中からでも探せると思います。


お名前: みらんぢさん [2003/12/19] No.733
>>フランジバックなど公表されていませんが、
これは公表されていないと思いますが、に訂正します。
フランヂバック(フィルムディスタンス)の記述は沢山の方が記事やホームページなどでまとめておられるのですが
コンマ以下の数字は結構バラバラなように思ったもので。
フェド(戦前)など共通の測り方をしていないと曖昧になってしまいそうですね。
ライカのためのマイクロメーターでうちにあるフェドを計ってもらってみようと思ってます。
これは話題から脱線ですね。それに前に出ていた話題でしたね、失礼しました。
rubyさん、mirさん ハンドルの方はどうかお気になさらず、どうぞそのままお使い下され。


Chotto KINOLYUVITEL ni ittekimashita お名前: Masiaさん [2003/12/19] No.732
ima gogo 1ji 15fun de Nihon jikan de ha gogo 7 ji 15 fun de DORAEMON no jikan desune.
ima KINOLYUVITEL ni CAMERA wo kainiikimashita. Shinakazu ga sukunaku natta ue ni SET hanbai ga ooku narimashita. Tatoeba ZORKI-6 ni LENSE ya FINDER wo tsukete 3000 RU-BURU (Yaku 12000 en kana?) Kekkyoku ninki no ZORKI-3 wo 1250 ru-buru (Yaku 5000 en) de kaimashita. MOSKVA-2 ga 3 dai SET de 3000 RU-BURU deshita. demo kaimasendeshita. nanka hirob_p san niha moushiwakenai hanashi kanaa?

soreto wadai no APK ha 3700 ru-buru de yaku 15000 en de arimashita. km ha shinpin de 3850 ru-buru desita.
Kon ya kara PUSHKINO ni ikimasu. Sakuya ha minnade nihon ryouriten ni ikimashita. gohan ga yokunakattanala...



Fマウントなど お名前: hirob_pさん [2003/12/19] No.731
>いえいえ、初めましてではないのです^^
そういう意味だったのですか!失礼しました。また、rubyさんへもすみません。初めましてですね。

>ニコンマウントのパテント
実は、年末の忙しさでちょっと滞っています。

>マウントにパテントはない
個人的な思いでは、「形状のみ」でも特徴があれば特許化されていても変だとは思いません。また、以前けろけろさんからご指摘頂いたように、バヨネット化はTTLや絞り連動を達するための手段として考えると、「形状+絞り連動を達する構造」として出願されていればもっと特許化されていて不思議ではないと思います。そう思って…コツコツと探していますが…どうでしょう…。

>システムにパテントはあるけれど
特に米国では昔から形状とか構造とか目で見て見えるもに対して特許を与えるという思考がとても強いです。米国の古い特許公報を見られると一目瞭然ですが、1ページ目が必ず詳しい図面で始まりますのも、そういった理由だそうです。ですので、漠然としたシステムという方が取り難かったのではないのかな?と思えます。

{特許検索なんて本当は何方でも出来るものなんです。逆に簡便で無ければならないものだと思います(そうでなければ国の怠慢です)。文章で書くと長くなりそうですし、興味ある方が居られるかも疑問ですので出来ないでいますが、役に立つのであればどこかで、カメラ関係の検索方法を書ければとも思いますが…必要な方なんておられませんよね?}

>フランジバックなど公表されていませんが、
>これはそのせいでしょうか?

どうなんでしょう…。このHPに来て初めて技術を意識してカメラを見れるようになったので…私の方が伺いたい位で、すみません。でも、けろけろさんも同じことを以前書かれていました。フランジバックのように測定可能なものは、長さ自体はなんのノウハウにも成らないと思えます。ただ、確かに各社バラバラですのでフランジバックの決定には何かの意味合いが各々あるのでしょうね。とても興味深い話題と思います。


そっ…そっ…んな… お名前: hirob_pさん [2003/12/19] No.730
>rubyさん
いえいえ、とんでもないです。若輩がでしゃばったことを反省しています。けろけろさんが、お許し下さって何事もなく書き込んで下さっているのだと思いますよ。

と言う訳で、そのまま私も何事も無かったように、カメラのお話を…。

というのか、けろけろさん、ロシア語お読みになれるのですね! 今、Масяさんに加えて心強い…!


みらんぢさんごめん お名前: 717のmir改めrubyさん [2003/12/19] No.729

 すみませんパクった訳ではないんです、よそではmirのハンドル
 使っていたもので、先輩が居たとは知らずにごめんなさい。

***(管理人から)以下、削除しました。***


お名前: みらんぢさん [2003/12/19] No.728
ゼニットの80年代のモデルは
異様に古めかしいメカのもの、最新(?)のメカのものと両極端で大変おもしろいと思います。
それにゼニットのデザインはもうちょっと評価されてもいいですよね。
KMZのサイトをちらりと見ましたら電子シャッターは日本製と関係しているようですね。
あちらでは80年代後半90年代前半はさぞや大混乱期であったでしょうから
新機種のカメラにとっては悪い時期にあたってしまって本当に残念ですね。
(オークションでAPKがでたらお先にどうぞ!!、わたしはちょっとお休みします。当分手許不如意なので・・・)

hirob_p さん
いえいえ、初めましてではないのです^^
以前ハンドルをアルファベットにしていたことがありまして
その前半分だけにしたことがあります。
その頃こちらに書き込みをさせていただいていましたので
みらんぢのアルファベット、上3文字、mirのハンドルで何度か書き込ませていただきました。
一度書き込ませてもらった掲示板でハンドルを途中で換えることは滅多にないのですが
ハンドル(名前)というものは案外大切なものですね。

ニコンマウントのパテントが気になってます。
マウントにパテントはない、と言う話も聞いたのですが、どうなんでしょうか・・・
システムにパテントはあるけれどマウント自体には無いと言うことでしょうか?
たしかにたいていのメーカーのフランジバックなど公表されていませんが、これはそのせいでしょうか?
頭に「????(はてなじるし)」が沢山生えてきましたよ


ろも あるます お名前: telefunkenさん [2003/12/19] No.727
けろけろさま
アルマスとロモについてのくわしい調査、ありがとうございました。非常に興味ふかく読ませていただきました。また有名なHPとのことですが、ぼくもぜんぜん知りませんでした。


補足 お名前: けろけろさん [2003/12/19] No.726
ロモ社のHPにおいて、カメラで詳細な説明があるのは、LCAだけで、そこでは、1983年に国内最初の自動露出カメラとして生産が開始されたこと、1992年オーストリアでのロモグラフィの誕生などの言及がありますが、日本のカメラとの関係については記載がありません。

http://www.lomo.ru/site/catalog/view_item.cgi?l0=40&cid=40&iid=134


ダイヤモンド お名前: けろけろさん [2003/12/19] No.725
アルマスがなぜKマウントを採用したのかは、LOMO社のHPでは分かりませんでした。

アルマスの制作年、画像については、
http://www.lomo.ru/site/about/index.php?stid=14
生産台数については、
http://www.lomo.ru/site/catalog/view_main.cgi?l0=40&cid=40&ltb=cats
102と103だけですが。「公式見解」だから、さらに検証が必要かもしれませんが。KMZの詳細なHPに比べると、ロモ社のはカメラについてはあまり充実していないといえるかもしれません。


ついでに、LOMOのHPも引用している、http://shop.lomography.com/lca/

のhistory に以下の記述があります(right-hand man などは、写真の説明です)

General Igor Petrowitsch Kornitzky, right-hand man to the USSR Minister of Defense and Industry, slammed a little Japanese mini-camera onto the ornate desk of his comrade Michail Panfilowitsch Panfiloff. Mr Panfiloff, Director of the powerful LOMO Russian Arms and Optical factory, examined the camera closely, noting its sharp glass lens, extremely high light sensitivity and robust casing. The two gentlemen, realizing the superior nature and extreme potential of this strange little item, gave immediate orders to copy and improve the design - with the ultimate goal of producing the largest quantity possible for the pleasure and glory of the Soviet population. It was decided - every respectable Communist should have a LOMO KOMPAKT AUTOMAT of their own; a unique and compact dynamo with the ability to adapt to all situations and provide full documentation of their lives and loves in the USSR. The LOMO LC-A was born, and millions of cameras were promptly produced and sold. The Soviets and their Socialist playmates in Vietnam, Cuba and East Germany snapped happily away throughout the nineteen eighties, fully documenting the last gasps of Communism, and the occasional beach vacation on the Black Sea.

この記述はきわめて具体的であり、関係者も特定されています。むろん、例のロモグラフィーの団体のHPであって、信憑性に疑問があれば、この一文からだけで、違法コピー説が正当化されるわけでもないでしょうけど。また、有名なHPですから、知らなかったのはわたくしぐらいだったのかもしれませんが。

ただし、コシナ社に無許可でLCAの生産を開始した印象を与えるような文章を含むHPを、リンク先として登録しているLOMO社が放置しているとみるならば、わたくしの仮説、つまりコシナとの何らかのライセンス契約の存在という仮説、には不利であることになります。



ノン・ライツ お名前: telefunkenさん [2003/12/19] No.724
金井さま
削除など、めっそうもない。お気遣いご無用にござんす。あの役者、おっと、訳者はケチなやろうでござんすが、おことばいちいちごもっともと、どこかの旅の空で、かみ締めているにちげえありやせん。
もう年の暮でござんすねえ。
行く年や凝視に赤き雲のそら。
じゃあまっぴらごめんなすって。




1ページの表示数件数を30にしました。 お名前: 管理人さん [2003/12/19] No.723
たくさんの投稿ありがとうございます。

これまで、1ページの表示件数を20にしていましたが、30に変更しました。画像添付が多い場合は、ネット環境によっては時間がかかる場合があります。その場合は、クッキーを受け入れる状態で「表示モード」を「テキストのみ(軽くなります)」にしてください。


いろいろ お名前: hirob_pさん [2003/12/19] No.722
>Масяさん
ご無事なようでなにより! 残念ながらWebカメラでお車を拝見することができませんでしたぁ…。昨晩、どこかの番組でモスクワが紹介されていました。ニュースの小さなコーナーだったのですが、モスクワでは日本ブーム様であると紹介されていました。寿司バー?(随分とリズム良く若いロシア人が握っていました)とか、日本書などが紹介されていました。Webカメラでは昨日よりも、もっと積もっているように見えますが…でも道路は溶けていますね。くれぐれもお気を付けて!

>もう週末、もう年末
とМасяさんの変わりにお書きになられましたね。ホントに年末です。ZENIT-AM2は、本体よりMC HELIOS-44K-4にかなりそそられました…ボディが絞り優先なので、連動するんですよね。欲しいなぁ…でも見た事ありません…ソ連ではKマウントのレンズは色々製造されたのかなぁ?私はKing-2のHPで見る3種しか知りませんでした。

>みらんぢさま
初めまして(でもお名前はよく拝見しております!)。私も(?)ソ連の一眼には興味を見出せずにいましたが、ここ最近の投稿を拝見しつつ、興味が湧いてきてしまいました…。

>Mirさん
お久しぶりです(こんな形で…)。カメラはお元気ですか。私は最近KIEV88CMが欲しくなってきてしまいました…安い安いというけど…十分高いです…。

>けろけろさん
出しゃばってすみませんでした。私はけろけろさんのカメラの投稿では沢山興味深いことを拝聴できるので楽しみにしています。カメラのお話に戻りましょう(ね。)。


もう週末、もう年末 お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/19] No.721
 Масяさま。不自由な環境から投稿いただきありがとうございます。日本語は表示できるのですか。
 KMZのお話は帰国後たっぷりお聞かせください。(写真も見せてね。)DIOPTAR も RING も、安くないですね。


みらんぢ、さま。
 Zenit-AM2持ってます。でも、シャッターがちょっと粘ってきた。
 http://cccpcamera.myhome.cx/RussianCamera/SLR/ZenitAM2/ZenitAM2.html
 シャッター幕が面白い動きをします。新品をKing-2で2万円くらいで買ったものです。Zenit-AM2はそれほど珍しくないのか、オークションでときどき見かけます。

 Zenit-APKを欲しいと思っているのですが、入手できません。King-2でAM2を購入したとき、APKも売っていたのだけれど、ちょっと高かったので買わなかった。


mir さま、お久しぶりです。


telefunkenさま、最初に投稿いただいた記事は、2003/5/14の関連でした。で、今、その記事を読み直すと、「ノンライツ・ライカ・スクリューマウント」の訳者にたいして、たいへん失礼な表現になっています。そこで、ご意見をお伺いしたいのですが、一部削除したほうがよろしいでしょうか。調子に乗って、いいかげんなことばかり書いていて、申し訳ありません。


No.706の補足 お名前: 管理人さん [2003/12/19] No.720
No.719を見ると、No.706の書き方に不足があるかもしれないので補足します。

>かつて数度にわたって削除されました
 No.706で書いてあるように、私の操作ミス・マシントラブルで多くの記事をなくしてしてしまったことはありますので、申し訳ありませんが、削除された事は有ると思います。特に今年の6月1日〜6月中旬は、掲示板CGIを変更した事もあり、マシントラブル・操作ミスが頻発していた可能性があります。(掲示板CGIをちょこちょこいじっていた。Perlは苦手なので。特に6/14,15,21,22はCGIやデータベースを頻繁にいじっていました。)

 私が意識的(あるいは無意識)に削除した場合は、題名、投稿者氏名と投稿内容を削除していまして、投稿の番号は削除しません。(最新の投稿のうち先頭数件が影も形もなくなっているとしたら、私の操作ミスかマシントラブルです。掲示板CGIの問題の可能性もある。)

>管理人さん自身の投稿もなんのコメントもなしに削除されていました。
 私自身の投稿は、私自身(投稿者です)の判断で削除する事があります。
 No.706で「投稿者本人からの削除要請の場合は理由無しに削除しています」と書いてある通りです。この場合は、当然の事ですが、何のコメントも無しに削除しています。


>結局、都合のわるい投稿は、管理人さん自身が削除する。
 No.706に書いたように、不適切な投稿は、私が削除しています。また、自分自身の投稿も自分の判断で削除しています。

>自身の「あやまった」投稿も、都合が悪ければ、こっそりと削除する、
 はい、自分自身の投稿も、他の人の投稿も、投稿者の希望で削除します。この場合は、削除した事を公表しません。(でも、前にも書いたように、投稿番号は残ります。)


 それから、投稿できない状態にあったことはあります。だから、投稿したつもりであっても、投稿されていないことはあります。(誰か、別の人が読み始めた瞬間は、データベースにロックがかかり、投稿できない状態になります。)この場合は、申し訳ありませんが、時間をおいて、再度投稿してください。
 なお、使用環境によって、何度試みても投稿できないことがある場合は、掲示板CGIを修整しますので、ご連絡ください。

 
 No.719の投稿内容についてコメントします。No.719の1行目は事実に反します。2行目以降は、ご指摘のとおりです。
 最後の行は、以下のように理解してください。 

 投稿者の誤投稿は、投稿者本人の希望があれば、削除する、とそういうポリシーです。

 なお、投稿者の要請ではなく、私の判断で削除した記事は、2003/6/19投稿のNo.110です。これ以外は有りません。


706番の発言 お名前: 以前に投稿したものさん [2003/12/19] No.719
706番の管理人さんの発言はうそです。

私の投稿は、かつて数度にわたって削除されました。
そのうち1度は、私の投稿のきっかけになった、管理人さん自身の投稿も
なんのコメントもなしに削除されていました。

結局、都合のわるい投稿は、管理人さん自身が削除する。
その際、自身の「あやまった」投稿も、都合が悪ければ、こっそりと削除する、とそういうポリシーのようです。


お名前: みらんぢさん [2003/12/19] No.718
御無沙汰です、同じハンドルの方がおられますね^^
わたしはたまにしか書き込みしておりませんのでハンドルを換えました。
お話の流れをちょっとお邪魔しますが何卒ご勘弁を。
マウントのパテントのお話を興味深くROMさせていただいておりましたらば、活発な貴掲示板のこと、あっというまに下の方になってしまいましたね。
hirob_p さんはじめ、皆さまの強力な検索術を楽しみにしております。
お話の流れをちょっとお邪魔しますが何卒ご勘弁を。
ソ連のKマウントですが、KMZのゼニット19の頃、ロモではアルマスというKマウント機が出ていますね。
アルマスは尻切れトンボのようになってしまって無くなりましたが
これが、最初のKマウント機だったのでしょうか?

あまり新しい機種には興味が持てないもので、ソ連の80年代以降の機種には疎いのです。
先日、オークションにゼニットAM-2という1/1000までのTTL機が出てましたけど
70ドルなのに誰も入札していませんでした。
珍しいと思ったのですが、なんというか人気がないですね。
かくいうわたしも電子シャッター機(かな?)はちょっと恐ろしくて手が出ませんけれど。

こんな説明でした。

"ZENIT AM-2 Russian SLR Camera with prismatic viewfinder TTL and aperture priority mode. Camera has metal lamella shutter with speeds from 1 to 1/1000 and synchronization on 1/125 . Camera is in very good cosmetic and working condition. This auction include additional external power module. A case, lens cap, namual and power module are included. "


*** お名前: ***さん [2003/12/19] No.717
*** この記事は削除しました ***



KMZ ni ittekimashita お名前: Masiaさん [2003/12/19] No.716
Ima gogo 7 ji de nihon jikan deha gozen 0 ji desune.
KMZ no hakubutsukan ni itte kimashita. Kaette kara iroiroto houkoku shitaito omoimasu.

Chotto omoshiroi koto wo shirimashita, KMZ ha 1942 ni seturitsu desuga,sarani sakanoboruto, 1905 nen RIGA ni setsuritsu sareta CARL ZEISS to HERZ(kore nandesuka? SNAKEMAN SHOW ka ?)no koujou ga 1926 nen MOSKVA chikaku no BANKI toiu tokoroni ustsusareta soudesu. BANKI ha ima no KRASNOGORSK desu.

Sorekara SA-SHA no misede ZORKII-4K, MIR, KIEV4M, JUPITER21M, INDUSTAR50-2, 85mmFINDER wo kaimashita.Sousou, KMZ kara sukoshi hanareta tokoro ni aru chokueiten(?) de DIOPTAR LENSE(-4) to ADAPTER RING wo kaimashita.
DIOPTAR ha 1 ko 70 ru-buru de RING ha 110 ru-buru deshita. Kyou no RATE ha 1doru 29.14 ru-buru dakara nihon en de ikurakana? 4 en shinaikana ?


補足 お名前: けろけろさん [2003/12/19] No.715
hirob_p さま

>以前、Масяさんにも酷い中傷が含まれた投稿がされたことがありますが、皆さん(管理人さんは怒られましたが…)受け流されました。

わたくしも、最初はそうしようと思いました。書いてあることも趣旨不明ですので。あなたが、672で、


>通りすがりのロシカメ好きさん
>適切なお教え有り難うございました。なるほどなるほどと頷きながら拝読致しました。また勘違いありましたらお教え下さい。

とお書きになられるまでは。



お名前: けろけろさん [2003/12/18] No.714
金井さま

いろいろとご配慮いただきありがとうございました。

一般論として、適切な発言かどうかは、自分がお書いたものを、その家族や友人に堂々と見せることができるかどうか、によるように思われます。ただ、不適切であるだけでは、管理者の処置を発動するに足りないであろうことは、ご英察のとおりです。


hirob_p さま

わたくしは、みなさまのご発言を伺って本当にいろいろなことを学びました。今回のご教示も、ありがたいお言葉として心に刻むことにいたします。

しかし、翻って、何か他の人にとって学ぶべき内容がなければ書き込むべきでないとすればわたくしには荷が重いです。思いつきではなくきちんと理解できるように書けといわれても、論理的思考能力には限界があります。知的能力は人それぞれで、それがご自分とはかなり劣るからといっても、わたくしもなるべく努力はいたしますが、どうか大目に見ていただくわけにはいかないのでしょうか。

そもそも、わたくしのが群を抜いてレベルが低いわけですが、ここのBBSも他のと同様、気楽な思いつきや断片的知識や感想の披瀝が許されないわけでもないように思っていたのですが。

場合によっては、生の思考そのものを書いたことがあったかもしれません。それが自己満足であって、議論に値しないと言うのであれば、それを無視していただくだけではいけないのですか?

画像を貼ることは、論理的なリーズニングを含むものでしょうか? 今、こんなカメラを使っていますと言うのも。写真がとれたから見てくれ、というのが許されるなら、自分がこう考えているという生の思考過程を貼るのがいけないとは思わないのですが。画像を貼って、それがプロの目から見て作品に値しないとして、捨てHNで非難されたらイヤな思いをしませんか?

わたくしの議論(と呼べるなら)は、おそらくは、ご専門の方々からは、かなりの噴飯ものだという気はします。しかし、だからといって、すべて分かってから書かなければならないわけでもないでしょう。細かい専門知識、業界知識からみて正しくない、ならそれを指摘されれば足りるわけで、だから一切発言するなというのは、正しくないと考えます。また、そのご指摘自体、ありがたいとおもうかどうかも、わたくし自身の関心によります。わたくし自身にとっては、どーでもいいこと、については、自覚してい〜かげんに書くこともありますので。

「製品を作った人に失礼である」という記述が存在しています。
それ自体は、まことにもって配慮のある言葉かと思います。しかし、ではその非難する相手に対する失礼はどうなのでしょう?
「ここがいけない」と具体的に摘示されれば足りるように思います。

第一、わたくしのこれまでの文章を読めば、わたくしが、ソ連=ロシア製品について、不当な評価を払拭するために、現在利用可能な限られた材料からその仮説を論証しようとし、ソ連=ロシア製品ならびにその関係者に対する、人類としての同胞愛にもとづく敬意とそこから学ぶ姿勢が大切であることを指摘してきた張本人であることは明らかであると思いますが。どう考えてみても読解力の不足からくる失礼としか言いようがないと思いますが。これももっとわかりやすく書けということなのでしょうか?

hirob_p さまにおかれて、わたくしの書いたことが先にお書きになられたように「他を拒絶するような文章の羅列」という印象を与えてしまったことについては、申し訳なく思います。その点についてはすでにお詫び申し上げ、またそれ以降は、御趣旨に添うようにつとめてきましたがそれでもご不満でしょうか?

いままでの経緯から、hirob_p さまにおかれては、わたくしのソ連=ロシアカメラに対する考え方をご理解いただいていたと思っておりましたし、そうであれば、敷衍してご発言する方向が違うだろうと思っておりましたが。

最後に、このBBSがおそらくは、実際の発言者よりも遙かに大きい数のROMの方々によって支えられている(のでしょうかネ?)気がしています。今回の騒動以前から、限られた議論参加者による論理の固定化というか一定の方向へ収斂していく、そういう危惧を感じていたところです。また、新規参入者にとって、既存の議論の輪に入り込みにくいような、そういう排他的雰囲気が知らないうちに形成されつつあったのではないかとも。

そういった意味では、どんどん新しい見地からの議論・意見・感想があれば、歓迎したいと思います。このBBSの設置目的と管理者の意図に即している限りにおいて。わたくしが「歓迎する」というホストの地位にないのですから、僭越きわまりないかもしれませんけど。


おげんきで お名前: telefunkenさん [2003/12/18] No.713
プリヴィエト
マシヤさま。
無事ご到着でなによりです。
ゆっくりご休養を。
愉快なご滞在であることをお祈りします。
ヌ・パカ。


Zenit km お名前: telefunkenさん [2003/12/18] No.712
金井さま

絞りとシャッターはAEモードでは連動してます。Zenit5は残念ながらもっていません。死体でも持ってる人がうらやましー。
ドイツ人からコピーライカという言葉は聞いたことがあります。クラシックカメラをやる人は英語に汚染されているので、ライカコピーという言い方もそっちから入ってくる可能性があります。でもこの言葉はもともと和製なのでしょうか。余談ですが、むかしファックスのことを僕のまわりのドイツ人はテレコピーと言ってました。これがドイツの全国的な言い方かどうかは知りませんが。今はFAXですね。英語圏のFAXという言い方がテレコピーを駆逐したのかも。
合同でいいのでしょうか、なんていまさら言わないでください。それでいいんですっ。なにしろソビエト経済学の欽定訳ですからね。
でもちょっとわかりにくい、なーんて、まだ未練たらしいことを言いたくなる。
ぼくの知ってる限りのドイツ人は、FEDのことは知りませんが、日本の(すべての)カメラはドイツカメラのマネであると思っているみたいです。それにレンズも。有名な話ですが、ゾナーの設計者のベルテレさんの徹底した日本ぎらい(サルマネとか何とか)のこともありますし、マア仕方ないっちゃ仕方ないですね。ぼくはニコンのレンジファインダー機をを最初にみたとき、なーんだ日本光学までコンタックスのコピーやってって感じで、情けなかったのを覚えてます。


ウロコ お名前: telefunkenさん [2003/12/18] No.711
けろけろさま
AufsichtsratのVorsitzendeがいちばんエライと聞いて長年の疑問が解けました。目から100枚くらいウロコが落ちた感じです。論語読みの論語しらずとはぼくのことですね。PDGもDirektorも了解です。それから人民公社!ありがとうございます。批判していた友達にやっと口答えできそうです。Max Planckが一個づつか全体まとめてひとつのStiftungかはぼくも知りません。ただMax Planck Institutの上にMax Planck Gesellschaftというのがあると聞いたことがあります。とにかく教えていただいてありがとうございました。すごい知識ですね。今後もいろいろ教えてください。Vielen Dank!!!


Moskva ni tsukimashita お名前: Masiaさん [2003/12/18] No.710
PRIVET

Sakuya buji MOSKVA ni tsukimashita. Kyou ha sauna ni haitte WARERI no OFFICE kara kaite imasu. Nihon Jikan no gogo 4 ji chotto mae ni WEB CAMERA de mieru douro wo kitanai kuri-mu iro no kurumade toorisugimashitaga, goran ni narareta kataha ?... Iruwakeganai !

Korekara Sa-sha no mise ni itte, moshikashitara KMZ ni ikukamo shiremasen.

Toshi no se no isogashii tokoro moushiwakenaina...
Kesa kekkou yuki ga furimashitaga ima ha ochitsuiteimasu. Totemo kaitekidesu.

Poka


年の瀬は毎年忙しいですね… お名前: hirob_pさん [2003/12/18] No.709
けろけろさん

パーティーの例示等を出してしまうと分かり難くなりますが、私は先の方が言われたかったことを極めて好意的に軟らかく理解しようと努力して考えると、ある程度分かる部分が無くもないです。実は私もちょっと思い当たる節があり、ドキッとする書き込みではありました。

けろけろさんが、ご自分で正と判断されて、ご自分の頭のなかで積み重ねられた思考順序が、文章上に表現されずポンッと飛んでしまっていると感じることがあります。こういう時は、私もお話について行けなくなり、一生懸命その繋がりを考えます。会話は互いに理解しながら進むものです。けろけろさんの会話は、進行速度がとても速く、その論理構築に口を挟む機会を逸してしまうことがあります。多分、このことを○ナニーと表現されたんだと思います。私もこの文章を書きながら、自分もそういうところが無いかと反省しました。多かれ少なかれ得手不得手の部分があり、なかなか巧く会話ができませんが、お互い一方てきな「発表」にならないように、時々振り返りながらお話しましょうね。

以前、Масяさんにも酷い中傷が含まれた投稿がされたことがありますが、皆さん(管理人さんは怒られましたが…)受け流されました。こんな希有な掲示板を提供頂いているのですから、少しだけ目をつむって、管理人さんに感謝の意を表すのも有りかと思います…。これまた、勝手な解釈でけろけろさんの身に成り切れない部分もありますが、どうぞ怒らず読んで頂ければと思います。


少し お名前: 通りすがりのロシカメ好きさん [2003/12/18] No.708
管理人様 

当方のいくつかの書き込みにより御迷惑をおかけして申し訳ありません
あえて汚い言葉を使ってしまったことに寛大な判断を示していただき感謝いたします
>662 文中‘活動家’については安易に使ったと反省しています、すみませんでした


けろけろさん

素敵な催しが行われていて、それを拝見させてもらっている人間もいます
その素敵なパーティーを見ていたら酷い振る舞いをして独りよがりになっている
身の程知らずがいて、いつまでたっても空気が読めずに立場が判らないようだ
というとき心優しい方々に代わって客席からヤジが飛ぶ時もあるんです
そのリスクは背負わないといけませんよ、そのヤジの責任は管理者では無く
あなた自信にあると考えなさい

精一杯造った製品を何も知らない部外者に根拠無く馬鹿にされたらどんな
気持ちですか?相手がソ連の過去の話だからといって許されるのでしょうか?
自分のされたことに執着する前に自分のしたことに謙虚になって見て下さい


管理人様 自分はこれにて一切同HNでの書き込みは行い事を約束します
貴掲示板に対して悪意は全くありませんが不本意な結果になり反省しています


記事削除(つづき) お名前: 管理人さん [2003/12/18] No.707
けろけろさま、ご要望に、添えなくてすみません。

 これまで、投稿記事の意見内容を理由に記事を削除したことも、そのような要望があったこともないのです。今回が初めてです。だから、本音を言うと、どうしようか困っています。
 今後、「削除しろ」「削除するな」の投稿があったとき、投稿記事の意見内容を総合的に判断するなど、とても私には出来ません。No.704で、「削除要請が有った記事に書かれている言葉だけで、削除するか否かを判断します」と書いたのは、それ以上のことはとても私の手におえないからです。

 No.704に書いたように、警察に被害届が出ているならば、問題を警察の手にゆだねることが出来ます。弁護士が入ってくれるならば、その道のプロですので、適正な判断をしてもらえるかとも思います。

 カクテルパーティで楽しく談笑しているときに、ひとりの人間の足を踏みつけたら、どうするか。一緒に談笑している立場としては、その人を非難することは出来たとしても、ホテルマンとして、実力行使には、なかなか踏み切れないのです。


記事削除 お名前: 管理人さん [2003/12/18] No.706
事実と違う個所があるのでコメントします。

>またこれまでの管理人さまはいくつかの記事を削除されておられます

 投稿者本人からの削除要請の場合は理由無しに削除しています。また、後ろに空行が多数入っているなど、明らかに投稿ミスと思われる場合は、その部分を削除しています。さらに、私の操作ミス・マシントラブルで多くの記事をなくしてしてしまったことはあります。
 しかし、投稿者以外の人の要請で削除したことは、たった一度です。「第三者のプライバシーの侵害」にあたる可能性があったので、削除しました。

 投稿記事の意見内容を理由に記事を削除したことは、これまで一度もありません。


お名前: けろけろさん [2003/12/18] No.705
管理人さま

カクテルパーティで何人かが楽しく談笑しているときに、別の人がその輪に入ってきて、ひとりの人間の足を踏みつけながら、他の人に対しては、にこにこと話し出しても、別の人は見ぬ振りして話に応じるのでしょうか?

知識がないこと、行動力がないことも認めます。しかしそれを見ず知らずの第三者に一般論としていわれるのは、侮辱だと思います。詐欺師と同じ手法だというのは、同様に侮辱あたります。いわれた当人として、その不愉快な気持ちについて、管理者におかれて共感していただけなかったのは残念です。

またこれまでの管理人さまはいくつかの記事を削除されておられます。この場合も具体的箇所の摘示がなければ削除しないとの方針をとられていたのでしょうか?それはまさに管理者としての判断に基づいて行われるべきものと思います。

いずれにせよ、これ以上は議論しても「思うつぼ」であることだけは、確かだと思います。


削除要請に対する管理人の態度 お名前: 管理人さん [2003/12/18] No.704
掲示板管理人としてのコメントです。

 この掲示板は多くの人に、いろいろな立場、いろいろな観点から、幅広く投稿していただくことを期待しています。そのため、投稿記事内容を理由に、投稿者自身の依頼よらないで、投稿記事を削除することは、できる限り慎むべきと考えています。
 可能な限り、反論の投稿で対処いただきたく思います。なお、投稿できない場合は、管理人宛てMailいただければ、代理で投稿します。

 「火の用心」と言う投稿が誹謗/中傷にあたる場合、「火の用心」と言う投稿自体が誹謗/中傷にあたるのか、投稿とは別のところでの関係が有って、誹謗/中傷にあたるのか判断する必要があります。後者の場合は、誹謗/中傷を受けていると感じている人、あるいは他の人の説明が無い限り、掲示板管理人として、投稿が誹謗/中傷にあたると判断しません。

 さらに、「火の用心」と言う投稿自体が誹謗/中傷にあたる場合、「火の用心」と言う投稿自体の全文が誹謗/中傷なのか、「火の」だけを削除すればよいのか等、削除範囲を正確に定める必要があります。もし、複数の記事が一連の流れの中で問題ありと判断された場合は、どの部分を削除すれば「容認の範囲」になるのかを、正確に定めない限り削除できません。「大体このあたりがなんとなく問題なので、このあたりをなんとなく削除する」は不可能です。「この人の投稿には問題個所が含まれるので、全記事を削除してしまえ」は、しません。削除範囲を明確に定められない場合は削除できません。

 「一連の流れの中で問題あり」との判断で、特定の記事の削除を希望している場合は、「どのような一連の流れの中で問題」なのかを、投稿または私宛Mailでお知らせください。
 特定記事に対する削除要請が有り、その理由が明確でないときは、原則として、削除要請が有った記事に書かれている言葉だけで、削除するか否かを判断します。

 なお、誹謗/中傷等で、警察に被害届を提出された場合は、掲示板管理人として、警察の捜査には十分に協力します。


余談ですが:
 掲示板管理人としての投稿の場合は、名前欄を「管理人」、金井個人の意見のときは「管理人(金井)」と、なるべくしています。(よく間違えるけど)
 金井個人として「こんな投稿はしないほうがいいなー」と思ったとしても、掲示板管理人として投稿を禁止したり記事を削除するかどうかは別問題です。


訂正 お名前: けろけろさん [2003/12/18] No.703
direktor →Direktor

vicce president→ vice president

の誤りです。


込めた お名前: けろけろさん [2003/12/18] No.702
Мася さま。行ってらっしゃい(ちょっと遅かったけど。もう今頃はモスクワの空の下?)。心を込めてご旅行の安全を祈ります。

Масяさまがおられないので、仕方ないのでKMZのHPを読みました。

コメタ、外部セレンメータに、絞り情報とシャッタースピードがメーター連動するという画期的なものだったようですね。

例の1958年万博に出品。グランプリについては記載がないから、評価されなかったのか、ないしは、RFについてはニコンSPがグランプリをとったことがニコンのHPにあるから、それに負けたのか、よくわかりません。

外観はレニングラードっぽいかもしれないけど、メーターはキエフに似ていて、シャッターボタンが前面にあるところはチャイカ風。

KMZでは生産台数の記載はなし。ソ連技術の粋をあつめたいわゆるコンセプト、モデルだったのでしょうけど、一台だけとは書いてない。レンズも、20、28,35,50,85,135とあって、それら光学系は既存のものの流用だとして、絞り情報の伝達については相当な改造が必要だったと思います。

初出が1957年とするものもあり、そうだとすれば、プロトタイプといっても1台だけではなかったのでしょう。

田中長徳氏が世界唯一としたからには何か根拠があったのでしょう。持ち主が自慢するのに際して誇張すると言うことはよくあることです。


telefunken さま。

人民公社で問題ないと思いますが。何が問題なのでしょう?
中国の人民公社をドイツ語では、Volkscommune というようですけど、それとの混同がいけないのでしょうか?ただし、VEBの実体もふたたび無知なので。国民が制限下で認められていた私有財産を資本とする企業だったのなら、たしかに「公」社というのがミスリーディングな気もしますが、カールツアイスイエナVEB、ペンタコンVEBなど、国策大企業ですから、そういった余剰私有財産のほそぼそとした企業ではなく、公的な色彩が強かったと思います。だから人民公社でいいのだと思うのですけど。

Gesellshaft und Gmeinshaft マックスプランクの場合には各研究所のが、独立した財団なのでしょうか?わたくしは、全体の財団があったとおもっていたのですけど。

フランス、イタリア、スペインのSAを、匿名組合と訳すのが忠実ですが、普通は株式会社でいいのでしょうね。direktor は、原則的には取締役だと思います。ただ、英語や他の言語でも同様、最終的には、法令の用語と、個別企業における職階制を実際にあてはめないと、日本の職階制に対応させるのは困難です。たとえば、vicce president これを副社長と訳すと誤解のもとです。アメリカの企業で、VPが100人以上いる場合も少なくないです。この場合には課長相当職の職制にすぎません。

ドイツの有限会社(GmbH)株式会社(AG)では、他の欧米とは違って、監査役員会の権限が強大で、その議長が普通の会社での社長に相当します。フランスのPDGが取締役会議長で、意味が違うのではなくシステムが違うのです。COO、CEOという肩書きが世界的に流行しているのは、そういったシステムの違いをこえて、責任・権限関係をわかりやすくするという意味もあります。

金井さま。

言葉の解釈は、文脈やさらには状況に依存します。「火の用心」とだけ書かれたはがきが送られてきたらどう思いますか?これは、放火の脅迫だと考えるのが、判例の考え方です。日常の感覚にも一致します。あなたの解釈は、「火の用心」ということばだけでその意味を判断しようとしているのと同じです。


LOMO など お名前: 管理人(金井)さん [2003/12/18] No.701
ろもの最後の0:

 LOMOって、LC-Aのことだと思っている人が多いので、LOMOを「レニングラード光学機械合同」って訳したら、読者によっては何のことかさっぱりわからなくなりますね。

 telefunken さんは書きました。
>悪訳だと思います。
>結論としては、お説の通り、合同と訳するべきでしょう。
 悪訳については同感です。でも、そのまま「合同」で良いのでしょうか。ソ連経済学の訳語と違ったら混乱するし、合同をそのまま使ったら、場合によっては読者には何のことだかわからないし。翻訳って難しいですね。(自分には関係ないので、他人事のようにいいかげんなことを言っていて、すみません。)
 

コピーライカ(あるいはライカコピー):
 半月ほど前、LOMO LC-Aのことをコシナの「パクリ」と表現している問題を取り上げたら、この掲示板の閲覧数が増大しました。(関心の高い人が多いの?)
 「パクリ」の表現に関して、Мася さんは書きました。
>日本では「旧ソ連製のカメラはデザインなどを日本から盗んだ」と言われているっと話してみようかと...
 今ごろ、KMZの技術者にそう言っているのかなー。日本人としてなんだか悲しい。

 「パクリ」はさておき、「コピーライカ」なる言葉を使う人は多いと思います。ノンライツスクリューマウントレンジファインダーカメラのことを指しているのだと思います。FED、キヤノン。。。
 telefunken さま、教えてください。「コピーライカ」のような表現は、ドイツなどでも使われているのでしょうか。また、FED、キヤノンなどは「ライカを盗んだカメラ」という認識をされているのでしょうか。

 
Mir20M(Kマウント):
 は、絞りもシャッターに連動するのですか。Zenit-kmでAEを使うとは、問題なく動作するのですか。


>カメラでも壊れやすいキワドイトコでアクロバティックに動いてるのがすきで
 おー、すごいご趣味で。ロシアカメラでアクロバティックに動くと言えば、「レニングラード」「LOMO-135BC」が思い浮かぶけれど、その他に、Zenit-5はどうでしょう。telefunkenさま、Zenit-5をお持ちですか。私のは死んでいる。


ろもの最後の0 お名前: telefunkenさん [2003/12/17] No.700
金井さま
くわしくしらべていただいて、ありがとうございました。
ロシヤ語の辞書でみると、アビィジニヤーチという動詞が統合する、団結させる、連合させる、という語義になっていますから、これの名詞形のひとつに合同という訳をつけるのは、決して間違いではないと思います。また形容詞形のアビイジニョーニイには、合同・連合・統一の、という訳がついていて、この形容詞で修飾したザシエダーニエつまり会議に合同会議という訳がついていますから、名詞形の訳に合同への傾斜が大きくても当然かもしれません。この百科の記述でみると、アビジニェーニェというのはいくつかのものが連合した企業体みたいですから、合同体という意味で合同といったのでしょう。どちらにしても協会は誤訳だと思いますから、再版などの機会に訂正されるべきでしょう。ただコンテクスト・バウンドな考えからは、合同はその組織の独自性を強調するための選択だとしても、悪訳だと思います。
もう20年ちかく前になりますが、旧東ドイツのVEB(Volkseigener Betrieb)をある雑誌記事で僕がくるしまぎれに人民公社と訳したところ、すっかりこの悪訳が定着して、いまさら自分でも変えられず、人民公社と自分で書いていて笑っちゃいます。
結論としては、お説の通り、合同と訳するべきでしょう。
またこの合同の特徴についても、すべてお説の通りだと思います。



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