肉眼で見たとおりに撮れるレンズの焦点距離
<標準レンズ>
標準レンズとは、フイルムの対角サイズに近い焦点距離のレンズのことを言います。
標準レンズの焦点距離は35mmフイルムでは50mmです。フイルムの対角サイズが43mmであるため、この長さに近い焦点距離である50mmを一般に標準レンズといいます。『標準レンズ』の言葉の印象から『肉眼で見たとおりに写るレンズ』の意味であるように誤解されることもありますが、そういう意味では有りません。
ちょっと細かい解説:
50mmが標準レンズなのは、フイルムの対角サイズに近いということのほかに、設計製造が比較的容易だったことがあげられます。35mmは画角が広いので、満足なレンズを設計することが困難でした。
1930年代、コンタックスが販売したレンジファインダー用レンズの一部を表にします。開放F値の数値が小さいレンズが高価なのは当たり前として、同じ程度の開放F値のレンズを比べると、50mmが安価です(これでも、十分に高価ですが)。
発売開始 | レンズタイプ(名称) | 焦点距離 | 開放F値 | 価格 | ||
1935年ごろ | ビオゴン | 35mm | 2.5 | 試作のみ | ||
1936年末 | ビオゴン | 35mm | 2.8 | 230RM | ||
1937年 | オルトメター | 35mm | 4.5 | 160RM | ||
1932年 | テッサー | 50mm | 3.5 | 75RM | ||
1932年 | テッサー | 50mm | 2.8 | 100RM | ||
1932年 | ゾナー | 50mm | 2.0 | 165RM | ||
1932年 | ゾナー | 50mm | 1.5 | 300RM | ||
1932年 | トリオター | 85mm | 4.0 | 150RM | ||
1932年 | ゾナー | 85mm | 2.0 | 330RM | 写真は戦前のCONTAX-IIIにゾナー50mmF2.0を付けたもの。 当時の販売価格は500RM。 |
@ボンヤリ視
肉眼視の視野角は焦点距離35mm程度であるので、ボンヤリ眺めているときの視野は35mmのレンズに相当します。焦点距離35mmのレンズは、集合写真の撮影に使われます。
A普通視
ポートレート撮影に使われるレンズは135mm程度です。(85mmや200mmが使われることも有ります。)
写真を撮影すると、サービスサイズ等にプリントして手に持ってみるか、4つ切にプリントして壁に掛けてみることが多いものです。135mmで撮影してサービスサイズにプリントし、30cm離れて見た場合、実際に肉眼で見たものとほぼ同じ大きさに見えます。135mmで撮影して4つ切にプリントして、1m離れて見た場合も実際に肉眼で見たものとほぼ同じ大きさに見えます。
混雑している写真展では2m程度離れたところから写真を見ることになるでしょう。プリントサイズが4つ切ならば、このような場合、200mmで撮影した写真が、実際に肉眼で見たものとほぼ同じ大きさに見えます。
ポートレートレンズは写真を見たときに、普通に肉眼で見たときと同じような大きさに見えるレンズです。
B凝視
人間の視力はカメラと大きな違いが有ります。カメラでは、全画面に渡って同じような描写性能を持っていますが、人間の目は中心部のみ視力が高くて、周辺は視力が大きく下がります。視力が高い部分を中心窩と言い、この部分の視野角は0.5度程度です。つまり、凝視しているとき視力が優れた範囲は0.5度程度しかないのです。上下方向画角が0.5度の焦点距離は、なんと2700mmです。実際には、凝視している場合でも、目玉は小刻みに動いているので、この数倍の範囲を見ているでしょう。この効果を考慮しても、凝視している範囲は500mmあるいは1000mmの画角に相当します。
このような焦点距離のレンズは、スポーツの撮影に多用されます。また、ハイキングに行くと、比較的お年を召した男性が、この程度の焦点距離のレンズで花を撮影しているのを見かけます。少し下がって、望遠レンズで小さな花を撮影すると、自然な感じに撮れるので、望遠が好まれるようです。
<視力@>
35mmフィルムカメラでは「許容錯乱円」は、およそ0.03mm〜0.035mmとして設計されています。1930年代のコンタックス用標準レンズ・ゾナーでは、許容錯乱円は0.05mmとして設計されていました。
許容錯乱円とは点像が点として認識できるいちばん小さい円の直径のことで、最小錯乱円とも言います。(被写界深度と許容錯乱円の詳細はここをクリックしてください。)
つまり、フイルム上で許容錯乱円がレンズが想定している分解能に当たります。許容錯乱円0.03mmは、50mmのレンズでは視角2分に相当し、これは、視力0.5の人の分解能に相当します。
レンズ焦点距離と想定分解能の関係
許容錯乱円 | 0.03mm | 0.035mm | 0.05mm | |||
レンズ焦点距離 | 想定分解能 | 相当視力 | 想定分解能 | 相当視力 | 想定分解能 | 相当視力 |
35mm | 2.9分 | 0.3 | 3.4分 | 0.3 | 4.9分 | 0.2 |
50mm | 2分 | 0.5 | 2.4分 | 0.4 | 3.4分 | 0.3 |
100mm | 1分 | 1.0 | 1.2分 | 0.8 | 1.7分 | 0.6 |
135mm | 0.76分 | 1.3 | 0.89分 | 1.1 | 1.3分 | 0.8 |
200mm | 0.5分 | 2.0 | 0.6分 | 1.7 | 0.86分 | 1.2 |
400mm | 0.25分 | 4.0 | 0.3分 | 3.3 | - | - |
1000mm | 0.1分 | 10.0 | 0.12分 | 8.3 | - | - |
現在、 35mmフィルムカメラでは、標準レンズで撮影した写真は、視力0.5程度の人が見た景色に相当した分解能であることが、想定されています。1930年代は、標準レンズで撮影した写真は、視力0.3程度の人が見た景色に相当した分解能が想定されていたことが分ります。
<視力A>
最近、フルハイビジョンのテレビモニターが流行っています。たいへん細密な写りをしますが、人間の視力との関係を考えてみます。
50mm標準レンズの垂直方向画角は27度です。視力2.0の人が見分けられる視角は0.5分なので、27度は3240画素に相当します。すなわち、50mmレンズで撮影した画像を視力2.0の人が見える細かさで表示しようとしたら、垂直方向3240画素必要となります。(人間の目のうち視力が優れているのは中心窩の部分だけなので、実際にはこんなに視細胞が有るわけではありません。)
以下、各焦点距離のレンズの垂直方向画角と、視力2.0換算の画素数を示します。
35mm 垂直方向画角 38度 視力2.0換算で4560画素
50mm 垂直方向画角 27度 視力2.0換算で3240画素
135mm 垂直方向画角 10.2度 視力2.0換算で1224画素
200mm 垂直方向画角 6.9度 視力2.0換算で828画素
フルハイビジョンの縦方向 1080画素
視力2.0の人が見ている細密さでフルハイビジョンで写そうとしたら、135mm乃至200mmレンズの画角が精一杯なのです。
このような感じになります。
人間の普通の視角に近い焦点距離 35mm
人間の普通の視覚に近い焦点距離 135mm〜200mm